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「すみません。来週からはもう三十分早く帰ります」
「え。それはどうして」
「暗くなる前に帰らないといけないので。では」
翌日。なんとか部長が帰る前に呼び止めたら、もっと早く帰る宣言だけされた。
納得いかない僕は、自分のカバンをひっつかんで、部長のあとを追いかけだした。
会社が面している大通りで部長の姿を発見すると、気づかれないようについていく。気分は探偵だ。
歩道を埋めつくす帰宅者どもに隠れながら、進んでみる。
まぁ、周囲は車の重低音や店の軽やかな音楽や人の話し声であふれてて、僕の足音はかき消されるから、忍ぶ必要はないのだけど。
なんだか興奮してきたせいか、暑く感じる。もう外は肌寒くなってきたはずなのに。
……いや。興奮しているせいではない。部長が速いんだ。
そう、部長の歩く速度に合わせて歩いてたら、息があがってきた。というか、小走りじゃないとついていけないほどだ。
……部長って、こんなに速く歩けたっけ?
僕の記憶には、部長が駿足のイメージはない。ただ、急に目の前に立っていて驚いたことはあったけど……。
そんなことを考えていると、駅に着いた部長はいつもとは逆方向の電車に乗りこんだ。
僕も慌てて乗りこむ。
乗った電車は、特別快速。一番停車駅が少なく、一番速い。
部長は、二十分ほどの二駅目で降りた。各駅停車なら、十駅くらいだろうか。
たったの二駅で、会社の最寄り駅の喧騒さはなく、虫の音がよく響いてくる。
つまり、足音に気づかれないように注意しないといけない。
僕は今度こそ忍び足で追跡を開始した。
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