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俺はユリコに、どこにでもあるような、不幸な身の上話を聞かせる。 父親は、酔うと決まって、俺に手を上げた。 母親は、我が身を守るためか、見て見ぬふり。 家の中は、常に酒と血の匂いが漂っていた。 ろくに仕事もしない父親と、そんな夫に愛想を尽かし、家に帰らなくなった母親。 当時、小学五年生の俺には、どうする事もできず、生活は徐々に苦しくなった。やがて、食う物にも困る日々が続き、店の廃棄品を漁るようになった。当然、店の人には煙たがられる。やむを得ず、万引きにまで手を染めた。 そして俺は、中学に上がる頃には、手のつけようがない不良になっていた。 散々、客に話してきた昔の話。聞いた後は、誰もが言う。シンは、可哀想な子だと。 「.......大変だったのね?」 ユリコも、他の客と同じ。俺に、同情の目を向けてきた。 だが、油断してはいけない。ユリコは同業者。夜の蝶は、羽を休めるその瞬間も、甘い蜜を探し求めている。 「だけど、夢があるからね。俺は、がんばれるんだ!」 白々しいほど明るい声音で、俺は言った。同情は時に、金を生む。それが、この世界に入って学んだ事。 「夢? どんな夢なの?」 その時、初めてユリコの目が、キラキラと光り輝いた。彼女が初めて見せた、年相応の振る舞い。俺に心を開き始めたのが、ハッキリと分かった。 だから俺は、満面の笑みを張りつけたまま続ける。 「そう、夢。俺は、ここでテッペンを目指す! そこで、誰も見た事のない世界を見たいんだ!」 バカバカしい夢だったが、田舎から出てきた時は、本気で夢見ていた。 夜の世界でナンバーワンになれば、自分以外の何者かになれるんじゃないかって。 この、くだらない人生を変えられる。そんな気がしていた。 「素敵な夢ね。私は……そこが見たいわ」 ユリコは笑みを浮かべると、おしぼりでグラスを拭った。 「いいよ、そんな事。俺がするのに……!」 慌てて声をかけると、ユリコは「いいのよ」と微笑んだ。 すでに酔い始めているのか、その目は、ギラギラと光っているように見えた。
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