悪い夢だと

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悪い夢だと

「ちょっと!やめてください!」 見ず知らずのスーツ姿の男に手首を掴まれた。爪を立てられて痛い。振りほどこうとしても駄目だった。脂肪でしか構成されていないような身体をしているが、思ったより力がある。男の手の平は手汗で湿っていて、嫌悪感が加速する。連れて行かれたのは人気の無い路地裏だった。入り組んだ道を来たから、自分が今どの辺りにいるか分からない。五回目の曲がり角で数えるのを止めてしまった。 「天音君、ひどいじゃないか。僕という人がありながら、他の男と抱き合ったりして!」 振り返った男に肩を掴まれた。男が投げ捨てた鞄からボールペンや資料が道に散らばる。 顔が近い。大声で耳が痛い。唾が顔に飛んできた。最悪だ。 「え?どういうことですか?」 「しらを切っても僕は、僕はこの目で見たんだからね!バーの裏口から出た君が、出待ちの男と抱き合っていたの!」 そこで気づいた。唾をまき散らしながら捲し立てるこの男は、バイト先のバーの常連客だ。バイト終わりに、向かいにあるバスの停留所で座っているのをよく見る。待っていたのはバスじゃなく、俺の方だったらしい。寒気が走った。それに、被害妄想も甚だしい。お前が出待ちの男と言ったのは、多分俺の彼氏だ。そして本当の出待ち男はお前自身だ、馬鹿。心の中で男の足を蹴って、舌打ちをした。
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