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「…どうしたんだい?」
彼の手が髪に触れる。
ページを手繰るように昨夜の情景が思い出された。
乱雑に掴まれる髪。嫌らしい水音を立てる律動。自分の嬌声。男の唸り声。白々しい月明かり。
思わず彼の手を弾くように払った。自らの腕越しに面食らった彼の顔が見えた。指から溢れた鍵の、扉を打ち付ける音に気を取られた振りをした。合わせる顔が無かった。鍵は、床に着いた後、後方に滑っていった。
「…ごめん。」
一呼吸置いて、なんとか掠れ声を絞り出した。目一杯抱きしめて、違うんだと否定したかった。でも、出来たのは、誤魔化すように笑顔を模して口の端を歪めることだけだった。まだ顔は鍵の方を向けたままだった。彼をまともに見れなかった。きっと、拒まれてしまったと、酷く傷ついた顔をしている。そんな顔は見たくなかった。一度目に入ってしまえば、罪悪感で押し潰されそうになるだろう。これ以上の負の感情は持てなかった。
「ねぇ、本当にどうしたんだい?何かあった?」
半歩近付かれる。一歩後退りをした。
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