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真っ赤な救急車のライトが、ゆっくりと点滅をしながら『一刻台女学院』の側道を照らし、ストロボのような発光が、その後の喧噪の瞬きを切り取るようにシンクロさせる。 そして、白蓮会の少女達の手際のよい働きが、あらかたの混沌を静寂で包ませた頃、空は薄明かりを取り戻していた。
会長と呼ばれた少女が、仲間たち、そして第百二十代を継ぐ少女たちを前にして、東雲空全体に通るような大きな声でこういった。
「みなみなさま! これにて、追儺の儀、終了いたしましたーー!」
それを合図にして白蓮会の面々が声をそろえて叫ぶ!
『そぉれっ!!! 鬼はソトぉー !』
『福はーウチーーーー!!!』
『わぁーーーーーーーーーいっ!!!』
そして、満面の笑顔を浮かべた少女たちは、思い切りのジャンプをした。
「それじゃあ、咲耶花。 これからは、アンタたちの時代だよ」
そう言って、“元”会長となった少女は、白拍子姿の少女の烏帽子をはずして、優しく頭をポンッとたたくと、残りの上級生たちは思い思いの涙を流しはじめていた。
空がだんだんと明るくなってくる。
深月と倫子は、今日あったこの出来事を振り返りながら『風月庵』の数寄屋門を後にすると、並びながら石段を降りていった。
脇を見ると、やぶ椿のつぼみたちが一斉にふくらみはじめ、たくさんの真っ赤な花が開きはじめているのが見えている。 そして、そよ風に揺れる椿の厚葉の上を、朝露の宝石たちがひとつふたつとすべり降りていくと、キラキラと楽しそうに弾けあって、春の訪れを予感させるようであった。
「わたし、鬱蒼とした藪の中に、こんなきれいな花が咲いているなんて、気づきもしなかったよ」 倫子が、いつになくしおらしい声で言う。
「うん」 深月は、長い睫毛をふせるようにして、ひとことだけ返事をした。
「いつもなにかにビクついてて、近くのものも見えなくなっていたのかなぁ。 だけど、今日のコトでなにかがふっきれた気がするよ」
そういいながら倫子は、大きなストライドを使って、少しずつ歩くスピードをあげていく。
「ごめん、倫子。 わたしアンタみたいなコが親友になって、進むべき道を導いてくれるんじゃないかって勝手に思い描いてた。 そして、それが叶わないからって、むしゃくしゃしてキツクあたってた。 違うよね。 導いてもらうんじゃない。 未来へ向かう“風の滑走路”は、一緒に飛び立つんだ」
「競争だからね!! やっぱアンタには負けらんないから!」
深月は、瞳を前に向けてまっすぐに、口元には満面の笑みを浮かべて、倫子の歩幅につられるように走り出す!
「はぁ? 体力でワタクシに勝てるとでも思ってんの?」
倫子がいつものように軽口をたたいた。
「あははははは」
深月は駆け足になると、朝風を顔いっぱいにうけながら、普段の姿からは似合わないほどの大きな口を開けて笑っていた。 そして、不意に真面目な顔に戻すとこう叫ぶ。
「わたしさ、『白蓮』をめざす!」
倫子が応える。
「うん。 わたしもおんなじことを考えてた。 よぉし、ワタシについてきなさい!」
あきれたような顔をして、深月が返す。
「ハァ? アンタこそ、私がいなくちゃ真っ直ぐに進めないでしょ?」
そのとき倫子も、まんざらでもないという表情で笑いながら、深月の前髪をたくしあげると、オデコのあたりを“ぐんっ”と押した。
「この~ 大仏オンナ! ムカツク!!」
深月は、そういいながら、倫子の靱やかなふくらはぎを“コツン”と軽く蹴りあげた。
二人が立ち止まり、お腹を抱えて笑っていると、目の前をタンポポの綿毛のような妖精が“ふうわり”と通り過ぎていく。 背筋を伸ばして遠くを見ると、その先には、どこまでも真っ直に続く、風の誘導線が見えていた。
二人の前には『シルフたちが舞い踊る、風が描いた滑走路』。 妖精たちが飛び交いながら、少女たちの未来を照らす。
行先なんてどこだっていい。 二人ならどこへだって飛べそうだ。
ーーーーENDーーーー
※このあとお話は「黄昏どきのユニコーン」に続きます。
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