ツンデレネイビーとベイビーブルー

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「誰が完全無欠だって?」  めいっぱい締め上げると、敵はたまらずに声を上げた。端整な顔をくしゃくしゃにして笑う様は半年経ったいまなお眩しく、腕から力が抜けていく。恵を引きずるようにして洗面所へと向かった朝香は、戸棚からなにかを取り出した。 「これも、お前専用。後で使え。俺のと色違いだ」  ポン、と、頭に置かれたものに手を伸ばすと、いかにもオーガニック然とした布地の巾着袋である。きょとんとしながら開けると、中からはアメニティ一式が出てきた。フェイスタオル、髭剃り用カミソリ、歯磨き粉、ハブラシ……自称・完全無欠なだけあり、どこまでもマメな男である。  隣を見上げると、朝香はハブラシを手にしていた。凛とした紺色の柄で、彼によく似合っている。色違いだと言われた自分のハブラシを取り出し、しげしげと眺めた。 「……ブルー」 「正しくは、ベイビーブルー。そういう淡い水色って、赤ちゃんの服に多いだろ? お前にピッタリ……」  裏拳をお見舞いしたが、敵は素早く身をかわした。頭上から注がれる憎たらしい笑みを睨み返すが、効果は薄そうだ。幸せの許容量はとっくに限界値を越えてしまっている。 「ピンクじゃなくて、よかった」 「あ? ピンクなんか選ぶわけねーだろ。お前に似合わないからな」  即座に返された声に、呆けた顔を返す。シャコシャコと音を立てて歯磨きを始めたこの男を選んでよかったと、じつにムードのない状況で噛みしめた。  朝香が先に寝室へと消えた後も、恵はしばらくリビングに座りこんでいた。  テーブルに並べた「お泊りセット」を前に、頬が緩むのを止められない。  ――いつ、恵が泊まりに来てもいいように……待ってた。いそいそして、な。  少しはにかんだ彼の笑顔が蘇る。何度も何度も思い出しては、ふかふかのタオルに顔を埋める……の、繰り返しだった。 (――やば! もう日付が変わる! せっかく、明日は一緒にいられるのに……)  時間の経過に気づき、慌てて立ち上がる。お泊りセットを大事に抱えて洗面所に行った……までは、いい。  洗面台の横に置かれたハブラシ立てに、紺色のハブラシが寂しそうに俯いている――恵には、そう映った。 「あ、いい! ピンクよりいいかも!」  ベイビーブルーのハブラシを並べてはしゃいだ声を上げる。色味の異なる二つの青色は、空と海を同時に目にした時のように、深く澄んだ余韻をいつまでも瞳に残した。
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