213人が本棚に入れています
本棚に追加
つい先ほどまでの暴走が嘘のような澄ました足取りで歩く犬の後ろ姿は、振り回された人間からすると、大いに腹立たしい。
ステラは、紅平と呼ばれた丹羽の「恋人」にピタリと寄り添い、ご機嫌な様子である。長身の美人と黄金色の毛並を輝かせるゴールデンレトリバーの散歩2ショットは、後ろ姿でも十分絵になった。
「今朝はなんだか早く目が覚めてさ。紅平がせっかく帰省してきたし、美味しい朝食を用意したくって。でも、年末でバタバタしてて、ろくな食材がなくて……」
これ、と、丹羽は抱えていた紙袋を示した。白地に鮮やかな水色で記された店名は、市内で人気のパン屋のものだ。ふわりと香ばしい匂いが鼻をかすめ、空腹を再認識する。
「そうっと家を出たんだけどな。……遠い店じゃないし、迎えにこなくていいのに」
苦笑する丹羽の姿に、自分の置かれた状況との差を思い知らされて悲しくなった。……ウチのクソ野郎に紅平の爪の垢でも煎じたい。同時に、丹羽の健気さを目の当たりにして、少しは見習えと己を叱咤したくなる。
朝香がこの人に惹かれたのも無理はない――……物分かりのいい大人のフリをしてそんなことを考えても、胸にはちゃんと痛みが生じた。
「いいな、丹羽くんは。ちゃんと愛されてて」
努めて朗らかに出そうとした声は、どこか寂しげな余韻を残した。丹羽が心配そうな顔を向けたために、慌てて間を埋める。
「にしても、すごいねえ。丹羽くんのカレシ」
「う、ん」
ぎこちない返事になるのも仕方ない。否定も肯定も嫌味になりそうな超美形なのだから。
(背、高いなー。大ちゃんと同じくらいかな……)
紅平の後ろ姿を眺めながら、無意識に朝香を重ね見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!