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――俺、大……朝香、さんと、付き合ってるんです。
先月、『どうらく』のバイトで上田医療器を訪れた際、恵は丹羽を呼び出し、重大な「報告」を行った。白昼の廊下で、自分と似たような小柄な青年に対峙している間、緊張で拳を握り締めていた。
「――うん」
ふわりと微笑んだ丹羽の笑顔が元敵(?)ながら愛らしく、つい笑い返しそうになった。
「知ってる。盆明けに朝香が教えてくれたから」
「えッ!? 大ちゃんが? ホントに!?」
丹羽の返事に、後方に倒れそうになるほど驚いた。
「ホント。聞いた時はびっくりしたよ」
「……アイツ、なんっも言わねえし!」
思わずむくれると、丹羽は楽しそうな表情のまま視線を落とした。
「俺が祝える立場じゃないけど……朝香から話を聞いた時、すごく嬉しかった。君とは、こうしてたまに話すくらいだけど、いい子だと思ってたし。珈琲の日はいつも楽しみだったよ」
「丹羽くん……」
丹羽の「立場」がどんなものなのか――詳細は、知らない。知る方がいいのかも、わからない。朝香と交際期間が長くなり、彼が「過去」を持ち出して不安になったことは一度もない。すでに消化済みなのか、朝香の強さなのかはわからないが、二人で過ごす時間は大半が幸福で彩られ、未来への布石だとも信じている。
うつむいた丹羽が、過去へと想いを馳せる表情は、やはり明るいものではなかった。
「丹羽くんは?」
「え?」
「丹羽くんは、いま、幸せ? 選んだ相手のことだけじゃなくて、ちゃんと自分自身のことも大切にしてあげてる? 相手からもらう愛情はそりゃ大事だけど、自分で自分を愛してあげないとダメだよ」
つい怒ったような口調となり、ぷいと顔を背けた。瞳の端で捕えた丹羽の表情は、微かに驚きを滲ませていた。
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