恵と萌

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 奇妙な珍道中も、川べりの道と交差する公道に差しかかったところで終了となった。恵は仏頂面の紅平からリードをもらう際に、余裕の笑顔を返して晴れやかな気分を抱いた。 「じゃあね。よいお年を」  仲良くね、と、心で付け足し、二人に背を向けた。 「(めぐむ)くん」  数メートルほどを進んだところで呼び止められた。同じ名前を持つ丹羽に本名を明かしたのも、朝香との交際を打ち明けたのと同日だ。どんぐり目をさらに丸くして、嬉しそうな表情を見せた彼は、できれば恋愛絡み抜きで出会いたい人物だった。  駆け寄ってきた丹羽の向こうで、紅平が不安そうに待っている。この距離では、会話の内容は聞こえないだろう。 「俺、紅平との交際を、誰にも伝えてないんだ。親にも、友人にも、誰にも。隠すことじゃないってわかってるけど、なかなか……」  相槌を打つより先に、丹羽がふっと笑みを浮かべた。間近で拝んだ無垢な笑顔にドキリとし、この人と本気で争うことにならなくてよかったと内心でホッとした。 「今日、恵くんと話せて嬉しかった。恋バナなんて、久しく誰ともしていないから」  あとね――急に声をひそめると、丹羽は恵の耳元に顔を近づけた。 「君との交際を報告に来た朝香がね、すごく嬉しそうだったんだ。あんな顔、初めて見たよ。恵くんと一緒にいるからじゃないかな。あいつが素直に感情を表すなんて、びっくりした」  笑って身を離した丹羽を瞠若して眺めていた。「君には言うな、って、口止めされたけどね」――思いもよらない告白に、しばらく反応できなかった。すでに、恋人の元へと戻った丹羽に力いっぱい手を振り、思いきり声を張り上げた。 「俺も嬉しかったよ! また、恋バナしよう!! コーヘイへの不満はいつでも聞くよ!」  恵の応答に丹羽は笑い、紅平は眉間に皺を寄せた。それでも、ツンと澄ました美人は、最後に少しだけ口元を緩めて笑みらしきものを形成した。 「お幸せに。……いいなー、ラブラブで」  身長差のある二人組の姿が小さくなっていくのを見送ると、途端に寂しさが押し寄せてきた。
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