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「なんだよ。もう十分、運動しただろ? よかったな。あんな美形とお散歩できて」
体を押しつけてきたステラに唇を尖らせたが、彼女は散歩を要求するでもなく、ただじっとしている。つやつやの毛並にそっと触れると微かな温もりが伝わった。おとなしく撫でられていた犬は、冷たい鼻先を持ち上げて、恵の手を一舐めした。
「……慰めてくれてんの?」
うん、と、言いたげな曇りなき眼に吸いこまれる。喧嘩の原因そのものではあるが、いまこの現状は朝香と自分が招いたものだ。つまらない喧嘩の後始末も、すべて二人で導かなければならない。
「行こっか」
空元気で顔を上げると、家に戻る決意を固めた。なんて謝ろう……ステラと足並みをそろえつつ、帰り道で考えればいいやと呑気に結論づける。
「あ」
道の向こうから、見慣れた長身の男が近づいてくる。いつも通りの鋭い眼光、ピューマ顔負けの威嚇……ではなく、迷子の子供を探す親のような不安いっぱいの顔だ。
「大ちゃん……」
恵とステラを視認した朝香は、遠目にも深い安堵の表情を浮かべた。脱力したように立ち止まった彼の元へと向かうスピードが、どんどん加速していく。
「大ちゃん!」
家を出た時に燻ぶらせた怒りも、散歩中に生まれた悲しみも、彼の姿を目にした途端に霧消した。顔いっぱいの笑顔で駆け寄っていくと、朝香も観念したような笑みを浮かべた。
「わっ!」
恵を追い抜いたステラが思いきり朝香に飛びついた。よろけつつも、なんとか受けとめた朝香は、期間限定の新恋人から熱烈な口づけの応酬をくらっている。
「やっぱり、馬鹿犬だよ!!」
大晦日の朝、のどかな青空の下に、恵の叫びが響き渡った。
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