4日目

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4日目

 生活に必要な日用品と、スーツやノートパソコン、それから少しの着替え以外は全て段ボールにつめた。元々備え付けのクローゼットで事足りていたのでタンスなんかはなくて、あとはベッドと空の本棚が置いてあるだけになった。もともと部屋になんでも置くのは好きじゃなかったし、ほとんどリビングで過ごすことが多かったから寝室は文字どおり寝るためだけの部屋だった。そういえばセックスさえリビングですることが多かったなと思う。 「こんなに広かったっけな」  いらないものを集めてゴミ袋に入れると一つに収まった。それを持ったまま部屋を出ると同じようにゴミ袋を手に持って部屋から出てきた孝弘と鉢合わせた。ただ俺とは違い両手に二つずつ持っていたけれど。 「だいぶん片付いたか」 「……まあ」  俺の質問に目を反らして曖昧に答える孝弘を見て、片付いていないのだなと思った。もともと孝弘は部屋の片付けが苦手な質だから、掃除をするのは大体俺の役目だった。俺は要らないと思ったものはさっさと捨ててしまうから孝弘を散々怒らせたりしたものだ。  二人で行った水族館の入場チケットの半券を捨てようとして喧嘩になったこともある。初めてのデートで行ったところだったのに、と怒る孝弘が不思議で、けれど心地よくもあった。 「ごみ捨ててくるけど」 「いや、いい」  俺の申し出を断って玄関を出ていく孝弘を見送りながら時間をずらすべきか考えた。その間に少しは時間が経っただろうと部屋を出ると、エレベーター前で孝弘と並ぶはめになった。あれ以来ほとんど会話はなかったから気まずい。  無言のままエレベーターに乗り込みゴミを片手にぶら下げたまま孝弘の少し後についてゴミ捨て場へ向かう。ゴミ捨て場のところでマンションに住む中年の女性に会い、俺はしまったなと思う。彼女はゴミ捨てにうるさいのだ。 「ゴミ回収は明日でしょ。明日の朝出してくれます?」 「すみません、朝は早くに出るので……」 「出るついでに出せばいいじゃないの」 「出すゴミが多くて」  この人にこうして注意されるのは何度目だろうか。このマンションに引っ越して最初のゴミ出しの時にこっぴどく叱られた。二人でここに並ばされて。 「実は引っ越すんです」 「……あらそうなの」  俺と、その横に黙って立つ孝弘を不躾に見ながら彼女はそっけない返事をした。俺たちがここに越してきた時からこの人はそうだった。多分、いい歳をした大人の男が二人で同じ部屋に住んでいることを胡散臭く思っていたのだろう。 「どちらに引っ越すの」 「会社の近くの方へ……」  俺がそう言うと彼女はふうん、と気の抜けた返事をして去っていった。これはゴミを捨ててもいいということだろうと判断し、その場にゴミを置いて戻った。  俺たちはよく夜にゴミを捨てに行き、運良くあの女性に見つからなければ捨てることができて、見つかれば説教を食らう上にゴミを捨て損ねた。二人で説教をされる間、もっぱら謝るのは俺の役目で孝弘は黙ったままだった。  今日初めて彼女にゴミ出しを許されたな。あのゴミ出しの鬼に。なんだかおかしくなって俺は無言のエレベーターの中で思わず笑った。 「ふっ」  隣から、同じように小さく息を吐き出す音が聞こえてそっと横目で窺うと、孝弘がきまりの悪そうな顔をしていた。ひょっとしたら、同じことを思って笑ったのかもしれない。そう思うとなんだか無性にあの女性に感謝したくなった。
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