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5日目
最後の夜だからと、俺は何となく食後にビールを出した。いつも欠かさずに二人で見ていたバラエティ番組をぼんやりと見つめる孝弘の前に缶ビールを出すと、少しだけためらった後、手を伸ばした。孝弘が口をつけるのを見届けてから自分もビールを流し込む。よく冷えたビールは暖房で暖まった体に心地よかった。
「テレビどうする。お前が持っていってもいいけど」
「……うん」
小さな広告代理店で働いている孝弘は俺よりも月収が少ない。そのことで生活費や食費のことでもめたけれど、結局折半することに決めた。だから冷蔵庫と洗濯機は俺が買ったけれど、テレビだけは二人で買ったものだった。
孝弘がビールを飲み干してテーブルに置く。立ち上がろうとするからもう一本あると言えば腰を落とした。
「今日はノンアルじゃないんだな」
「発泡酒でもないぞ」
「奮発したな」
「最後だしな」
土曜の夜。仕事やなんかで二人で過ごせないことも増えたけれど、その日だけは一緒に食事をしようと決めていた。外食のこともあれば、二人でレシピ本を見ながら少し小洒落た料理を作ってみたりもした。そんな時は大体、発泡酒かノンアルのチューハイとかカクテルで、時々奮発して飲むビールが二人の贅沢だった。
「エビスにしてみた」
「発泡酒にも大分慣れたけどやっぱりビールの方がうまいな」
「そうだなあ」
孝弘も俺もあまりアルコールは強くなくて、だからそれほどは飲まないのだけれど俺も孝弘もお酒は好きだった。
俺たちが初めて出会ったのは大学生の時で、誘われたサークルのコンパでだった。友人に無理やり誘われた俺は知らない人と飲むのが苦手だったから量を抑えていたが、孝弘は初めっから飛ばしていて当然のように潰れた。初対面で全然話もしていなかったのに、家が近いからという理由だけで送っていくように言われた俺は孝弘を背負って星空を見上げながら夜の道を歩いた。酒臭い匂いを吸い込みながら迷惑なやつだなあと思った。
俺は結局サークルには入らなかったけれど、同じようにサークルには入らなかった孝弘と親しくなった。そして気が付いたら付き合っていた。
「正文がいる時しか飲まないから」
そう言って飲み会を断る孝弘が、俺はすごく好きだった。
最後の一口を飲み干して、缶を持ったまま孝弘が立ち上がる。それをシンクに出して戻ってくる。
「……おやすみ」
それだけ言うと孝弘は部屋に戻って行く。俺も温くなり始めたビールを一気に流し込むと、部屋に戻った。明日は朝が早い。アルコールの入った俺は考える間もなくすぐに寝入った。
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