1日目

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1日目

「じゃあ別れるのか」 「……うん」  会話の間に入ってくるくだらないお笑い番組の音が不快で俺はテレビを消した。いつもなら深夜のバラエティーらしい芸能人のどうでもいい話を聞きながら、くだらないな、なんて言って二人で笑いながら見ていたのに。もうそれもないんだなと思う。  別れ話を切り出されて、とても笑える気分ではなかった。 「やっぱりお前の浮気は許せない」 「……ああ」 「お前に付き合うのはもう疲れた」  俯いたまま淡々と話す孝弘の旋毛を見ている。あんまり見ることのなかった旋毛をいまさら見るのもな、と思いながら俺はぼんやりとその旋毛を見ている。  浮気をしたのはこれで三回目だった。最初は大学生のときで、バイトと偽って休日に女の子と歩いているところを見られた。問い詰められて、彼女とは何度か会っていたことを俺は白状した。涙目でどうしたらいいと聞いてきた孝弘に、俺はもう浮気はしないと誓った。  二回目は会社の同僚に無理やり付き合わされたコンパで知り合った女の子で、その日のうちに彼女の家に誘われてセックスをした。その一回きり。アルコールが入っていたから名乗られたはずだが名前も覚えていなくて連絡先も知らなかった。どういう経緯だったかはもう忘れてしまったけれど、とにかくバレた。そして今回。 「俺よりもその子の方が好きなんだろ?」 「いや、そんなことはないと思う」  そう言った俺を心底理解できないというように孝弘が見る。 「かわいい子だったけどそれだけ。お前ほど気は合わないし、お前ほど好きだとは思えない」 「じゃあなんで浮気すんの」 「なんでだろうな」  俺は本気でそう言ったのだが、孝弘はバカにされているように感じたのかもしれない。手近にあったボックスティッシュを投げ付けてきた。角が当たって痛い。けれど口には出さなかった。  その子は同じ会社の受付の女の子で、飲み会の後二人だけで抜け出して、飲み歩いたあとに終電も逃して帰れないというから安いホテルに行った。白状すれば彼女とセックスをしたのは三回目だった。帰ってから洗濯に出したシャツに彼女のピアスが入っていてそれで孝弘は気が付いた。 「俺はもうお前のことがわからないよ。俺のことが好きなくせに女の子と浮気したりとか。意味がわからない。なんかもう」  怒るのにも疲れた。  そう言ってまた俯いたその頭を撫でてやりたいけれど、俺には当然その権利がないからと手を動かさなかった。 「ここは出てく。でも行くところはないし、荷物もどのみち動かさないといけないから部屋が見つかるまでここにいるけどいいか」 「ああ」 「なるべく早く部屋は見つけるから」 「うん」 「……じゃあそういうことで」  孝弘は立ち上がると俺の方は一度も振り返らずに、リビングを出て自室へと戻って行った。  一人になると途端に部屋の中は静かになる。話す人間がいないのだから当然だが。時計の秒針の音がやけに大きく聞こえた。  シンプルな黒色の時計。文字盤は白く、数字は書いてなくて、形は卵みたいな楕円形をしている。その時計はこの部屋に住むことになって、二人で選んだ時計だった。  いろんなインテリアショップやホームセンターなんかをめぐって、結局、女の子の行くような雑貨屋に入ってようやく見つけた時計だった。俺はシンプルなものが好きで、孝弘は柔らかいフォルムのものが好きで。なかなか二人の意見が合わずに面倒になってきたときに見つけたのがその卵型の黒い掛け時計だった。銀色の振子がおしゃれだとかそんな話をした。 「正文の趣味に合わせてたら部屋が暗くなるよ」  その黒い掛け時計を見ながら、嬉しそうに笑った孝弘の顔を今でも覚えている。あれはもう何年前の話だろう。銀色の振子はもう動いていない。  俺はキッチンに立つとコップに水を注いでから飲んだ。俺もこの部屋を出よう、と思った。
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