知られちゃいけない聖女の勇者

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 村では大人も子供も等しくなにか仕事をしなくては生きて行けない。一蓮托生、それもひとりふたりの命ではなく村の存亡がかかった共同体だ。  みなが危険を冒し、時にその命を失ってきた。  そして不運にも今日順番が回ってきた者がいる。彼女らだ。  追い詰められたふたりはただ震えて手を取り合っていた。目の前では無数の岩のようなコブを持つ魔獣、大岩熊が涎を垂らして恐ろしい唸り声を上げている。  今すぐその手を放して別々の方向へ逃げれば、もしかしたらひとりは助かるかも知れない。けれども子どもはこんなとき平気で親兄弟をも見捨てる残酷さを持つ一方で、なんの抗う手立ても持ち合わせないまま誰ひとり見捨てられない優しさを持ってもいるのだ。  だから大岩熊も戸惑っていた。いつもなら変な鳴き声を上げながらすぐに背を見せて逃げようとするノロマな餌がじっとこちらを見て動かない。普段よりも一回りは小さい柔らかくて旨そうな餌だが、怯えながらも逃げ出さないのは何故だ?  大岩熊に限らず魔獣の類いはそれなりに高い知能を持つ。だがそれ故に判断を迷ってしまった。  それは唐突だった。ひとの頭よりも更に巨大な、ちょうど大岩熊の頭ほどもある巨大な鎖つきの鉄球がその脇腹に刺さるように飛来したのだ。不意打ちを受けた大岩熊は岩のようなコブを砕かれ、吹き飛ぶには至らなかったもののその衝撃にたまらず転倒する。 「今だ嬢ちゃんたち!」  予想外の助け。男の力強い声に少女たちは声のほうへ走り出そうとし、視線を向けて凍り付いた。そこに居たのは、二足で立つ豚のような怪物だったからだ。  オーク族。人間と同程度の背丈に豚と猪の合いの子のような頭部と丸太のような強靭な手足、全身黒い剛毛に覆われ常に悪臭を放っている。魔神を崇め魔王に従い、辺境の山や森の奥深くで小さな集落を作って過ごしていると言われる。  ただの獣を超えた不吉な力を持つものを魔獣と呼ぶが、その中でも人に近しい姿と知能を持つことから魔族と呼ばれる者たちがいる。そのひとつがオークだ。  鉄球を放ったであろう張本人、鉄球についた鎖の反対の端を握っているのがまさにそのオークだった。どう好意的に見ても人間離れしているとかそういう次元ではない。どう頑張ってもまず顔が人間ではない。  絶体絶命、死を覚悟した矢先に助けが入り、光明を見出したその相手がオーク。一回助かったと思わせてからの魔族追加である。限界だった緊張の糸を一度緩めてから全力で引っ張るとどうなるか。  まあ当然というか大変残念ながら、それは容易にぷっつりと切れてしまった。 「きゃあああっ」 「いやあああっ」  少女たちは口々に悲鳴を上げるとバラバラの方向へ猛然と走り出す。 「お、おいバラバラに逃げるんじゃねえ!危ねえぞ!おーい!おーいってっ!!」  オークの制止になど当然聞く耳を持たず、ふたりはあっという間に茂みに消えた。 「あっちゃあ…ま、まあ、いいか。いいのか?」  とりあえず今すぐ食われる心配はなくなったし。そう納得したところで大きな影がオークの視界を暗く染めた。 「つーわけでっと、お互いフられちまったなあ」  前足を広げて立ち上がった大岩熊を見上げて牙の生えた口元を歪ませる。笑みを浮かべたつもりらしい。 「俺も別に涙流して感謝して欲しいとかチヤホヤされたいってわけじゃねーんだけどさあ。こういうの、ちょっと悲しいよなあ」  鎖を引いて鉄球を手元に戻し体の横で回し始める。十分な加速と遠心力を乗せて空を切り裂く鉄球は眼前の魔獣にも負けない迫力だ。 「そういや、お前らたまにそうやって立ち上がって前足広げるよな。それってやっぱ威嚇してんの?」  軽口を叩きながら、たっぷりと速度の乗った鉄球を大岩熊の中心へ向けて勢いを殺さないよう丁寧に放り込む。獣の反射速度よりも更に速い必殺の一撃はその身に纏った岩のようなコブなどものともせず骨も内臓も圧し潰し、大岩熊は断末魔すら上げられず仰向けに倒れた。
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