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「それにしたってそんな有り難いもんをほいほいオークなんぞにやらんでもいいんじゃないかと思うんスけど。ちょっと冷静に考え直したほうがよくないスか?」
なんで力をくれるって言ってる神様に考え直すよう勧めてるんだ俺は、と心のどこかで疑問を呈している自分がいたが、彼は生来そういう性格なので仕方がなかった。損得で物事を推し量れないタイプのお人よしなのだ。オークだけど。
しかしその気持ちは彼女には伝わらなかったようで、悲しいかな進言は舌打ちで返された。
「いちいち細けーな神経質かよ」
「え、あ、サーセン」
「ったく」
柳眉を吊り上げた彼女はずかずかと大股にガランバルドに近づいてきた。解体中だった大岩熊の血溜りがまるで意志でもあるかのように彼女の華奢なつま先を避けていく。「マジで神様なんだこの子」と思った。腑に落ちるというやつだ。
頭ふたつは小さいにも関わらず、目の前に立った彼女の恐るべき威圧感。
というか単に目つきが怖い。
これはやっちまったかー!?心の中で戦慄した彼はとっさに膝を折り、頭を垂れていた。
「顔を上げな」
「は、はひっ」
言われるままに上げた顔の両側に華奢な手が添えられ、腰で身体を折って顔を寄せた少女からその額に口づけが与えられる。さらりと流れた豊かな金髪がヴェールのように一瞬ガランバルドを覆い、彼女が身を起こした時には口づけを受けた額にしるしが刻まれていた。
「さあ刻印は成った。今からアンタにみっつの祝福を与えよう!誓約としてアンタがアタシに操を立て続ける限り、何者もこの祝福を侵すことは出来ない。アンタは【聖女の勇者】だ!」
「ちょ、ま」
【聖女】の宣言に対して彼もまた叫んでいた。
「早いよっ!!!」
しかし当然というべきか彼女は気にした様子もない。
「ひとつ、アンタは全ての穢れと汚れから守られるだろう。ふたつ、背中に守るものがある限りアンタが後退を強いられることはなく、それは限りなく力を与えるだろう。みっつ、アンタが望む限り、どの女もアンタに触れられることはない」
「待って最後なんて?」
ぽかんと見上げる彼に左手を腰に当てて腰を折り再び顔を寄せるとその鼻先に右手の指を突き付ける。ダブついた胸元からなにか見えそうだったが、突き付けられた指と吊り上がった眉が怖くてそれどころじゃなかった。
「いいか女と指一本でも肌を触れ合ってみろ、アンタは全ての祝福を一昼夜の間失う。ひとつめの祝福にはその姿も含まれてっかんな、覚悟しとけよ」
「姿?え?どゆことスか?」
彼女は目の前で身体を起こしてにかっと笑った。同時にふたりの間に地面を割って姿見が出現する。
そこに映ったのは見知らぬ人間の姿だった。白銀の鞘の大剣と盾を携え揃いの鎧に身を包んだ、精悍な長身に蜂蜜のような黄金色の髪と瞳を持つ青年。
「これが、俺?」
じっと手を見る。見慣れた獣のような手ではない。
恐る恐る顔に触れた。鼻の形が違う。牙もない。
「マジか…」
悩みを解決してやるとはつまり、人間の姿を与えるということだったのか。これだけ立派な身なりなら見た目で敬遠されることもないだろう。
立ち上がると【聖女】の足元のように血溜りが避けていくのがわかった。なるほど穢れと汚れから守られる。どこまでも見た目重視な祝福だ。
そして、そこにはこの姿も含まれている。つまり誓約を破れば即オークの姿に戻ることになる。
みっつめの祝福の真の意味を理解した。
俺が望まない限り誓約は破られない。
言い訳は許さない、と。【聖女】サマ人間不信に陥り過ぎでは。
気付けば彼女の姿は消えていた。あとは勝手にやれということか。
操を立てる限りという条件付きではあったが確かに悩みは解決された。これなら人間の村や町にも入ることが出来る。
「ばれたら一巻の終わりだけど」
知られちゃいけない、【勇者】の秘密だ。
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