知られちゃいけない聖女の勇者

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知られちゃいけない聖女の勇者

 これは世界の東を治める王国領のさらに東の辺境に現れた勇者の物語。  どこからともなく現れては弱き者を守り名乗ることなくふらりと消える。しかし問えばこう答えるだろう。 【聖女の勇者】(せいじょのゆうしゃ)ガランバルド、と。  その日、村はふたつの問題で通夜の様相だった。  ひとつは山に入ったふたりの少女が大岩熊に襲われた。  ふたりが揃って無事に戻れたのは奇跡という他なく、これについては村のみなが喜んだが、それはそれとして子供の足でも行けるような距離に大岩熊が来ているという事実は村に重く圧し掛かった。  もうひとつは彼女らが生還する一助となった存在。その場にオークが現れたというのだ。  少女たちの話では突然現れて大岩熊を襲ったのだそうだが、恐らくは獲物である彼女らを奪い合っていたのだろう。  どちらにせよ、一方でも来てしまえばそれで村は終わりだ。  村の集会は、全会一致でこの地を離れるにまとまりつつあった。村を捨てたところで逃げ延びた先に受け入れられず野垂れ死ぬなんてことも往々にある。それでも、今日明日にも迫っているこの危険から逃れるには他に方法が無いのだ。  意見をまとめ、村長が決断しようとしていたそのとき。 「おい!大岩熊を倒したって!証拠に首を持ってきてる!」  場は瞬く間に騒然となり、誰もがその首と倒した人物を一目見ようと駆け出す。  外に出ると、そこには入り口から村に踏み込まない程度の距離を保ってひとりの青年が立っていた。  精悍な長身に蜂蜜のような黄金色の髪と瞳を持ち、白銀の鞘の大剣と盾を携え揃いの鎧に身を包んだその姿はあまりにも美しく、それだけで誰の目にも尋常ではなかった。  更には手荷物のように掴んでいる毛の生えた岩のようなもの。僅かに赤いものが滴るそれは、大岩熊の首に他ならない。 「あ、あなた様は?」  村長の老人が声をかけると、青年ははにかむように笑って応じた。 「いえ、通りすがりの者なんスけどね。この魔獣が近くにいたのでもしかしてお困りだったんじゃないかなと思って」  お困りどころではない。そのために今まさに村を捨てようと議論している最中だったのだ。  村長は信じられないものを見る目で青年を見上げた。 「はい、た、確かに…おっしゃる通りです…もう、この村はダメなのではないかと」 「なるほど…大岩熊はこの通り退治しましたんで。胴体のほうは解体して地中深く埋めといたんで、他の獣が死臭を嗅ぎつけて集まって来ることもそうそう無いっスよ」  こんな都合の良いことがあっていいものだろうか。しかし、目の前にある大岩熊の頭はまさしく本物だ。村は救われたのだ。  ふたつの懸念のうちのひとつからは。  周りの村人たちが歓声を上げるなか、村長はもうひとつの懸念事項を口にせざるをえなかった。 「あの、実はもうひとつ気がかりなことがございまして…」 「あ、オーク族のことっスね」  先に言われて面食らったものの、村長は神妙に頷く。 「彼なら話し合いでこの山を去って貰ったっスよ」 「話し合いで、ですか?」  信じ難いという顔で問い返してくる村長に力強く頷く。 「実際に大岩熊を目の前で討伐してみせてるっスからね。この村に手を出すなら俺が相手になる!って言ったらまあ、素直なもんでしたよ」  ちょっと芝居がかった調子で言って茶目っ気のある笑みを浮かべたこの青年の(ひたい)に、村長は刺青のようなものを見つける。 「あの、額のそれはもしや」 「ええと…【聖女の刻印】とか、なんとか」 「それではあなた様が【聖女の勇者】だというのですかっ」 「え、ええ…まあ…」  正直、え?これ信じちゃうの?と思った青年だったが、村長は微塵も疑いを持たなかったようだった。
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