リーマン×リーマン4

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リーマン×リーマン4

 「僕の手じゃないといけないくらい、気持ちよくさせてあげます」  よほど自信がおありとみえる。  見下す目つきは傲慢そのもので、同期・上司に愛される従順な後輩の面影はきれいさっぱり消え失せた。  童顔に不釣合いな邪悪な笑みでにじりよる千里から、尻で這いずって距離をとる。  背中が机にあたる。  行き止まり。  着崩れたシャツの下で胸が速鳴り、生唾の嚥下に伴い喉が鳴る。  手のひらが汗でぬめる。  頭が混乱する。  目に映る光景は悪夢じみて現実味が希薄だ。  清潔な明かりが灯る深夜のオフィス、後ろ手縛られ床に転がされ、机の角に追い詰められた俺。  机上のパソコンが電動の唸りをたて、スクリーンセイバーが起動する。  液晶が放つ青白い光が、悠揚迫らず接近する千里の顔に不気味な影をつける。  「正気かよ」  やけっぱちの半笑いが浮かぶ。  人間、絶望極まると顔筋が反逆して笑えてくるもんだ。  今夜は初めて知ることが多い貴重な夜だ。初体験ラッシュに感謝する気は毛頭ねーけど。  「ふざけてるように見えますか?」  千里が心外そうに肩をすぼめる。ウィットな仕草が似合う二枚目は得。  「引くなら今だぞ」  今の俺は必殺の気迫のこもった、多重責務者が見たらちびりそうにおっかない顔をしてるだろう。  指一本でもさわったら舌噛んで死ぬという自決の意志を前面に押し出し喉の奥で唸れば、手を焼いたふうにため息を吐く。  「処女っぽい反応」  「!なっ………、  男に処女?頭いかれてんじゃねえかこいつ。  赤面する俺へと千里がしなだれかかり、肩がぶつかる。  腕が触れ合い、鳥肌が立つ。  邪魔だどけと払いのけたくても手を縛られてんじゃどうすることもできねえ、八方塞りだ。  下着の中で蠢く手が最高に気持ち悪い。  女のふっくらした手ならいざしらず、骨ばった男の手に股間をまさぐられても不快なだけだ。  しかも、千里は後輩だ。  入社半年かぶっていた猫の皮がずるりひんむけ本性あらわしたが、こいつが今も俺の部下兼後輩である事実は変わりねえ。つまり。俺は今、入社半年間、時には厳しく叱咤しつつ時には手とり足とり指導しつつ、ようやく一人前まであと一歩のところまで育て上げた後輩にしめしめと股間をまさぐられてるのだ。  「ホモなんて聞いてねーぞ、ちっともんな気配なかったのに……」  「隠した方が無難でしょ?吹聴するようなことでもありませんし。たとえば先輩、自分の性癖をおおっぴらにできますか?マスターベーションする時、右手からもつか左手からもつか、微に入り細をうがち友達と話し合ったりします?」  「う。いや、しねーけど」  「たとえば先輩が痴漢もの大好きな変態として、朝の挨拶代わりに『昨日借りた中央線シリーズ最高でさ~ストッキングの伝線の仕方がリアルで』とか爽やかに言えます?」  ぐっと言葉に詰まる。  「図星ですか」  勝ち誇った千里の目に反発、しどろもどろに弁解する。  「……ま、まあ、俺も男だ。人並みに性欲あるし、安子と別れてから……いや、正確には付き合ってた頃から、本命とは別腹でAVの世話になってたのは否定しねえ。好きなシリーズの中にゃ痴漢ものもある。別に痴漢もの偏愛してるわけじゃなくて食わず嫌いはいけないっつか、男なら一念勃起、じゃなく一念発起で色々試してみたくなるだろ?さがで。痴漢ものが特別好きなわけじゃなくてたまたま手にとったのが痴漢もので」  「もののたとえです」  くそ。余計なことくっちゃべって俺が痴漢もの所有してる事実が露見した。  恥に嘘の上塗りで墓穴を掘った俺をつくづくながめ、千里が意地悪く言う。  「誘導尋問にひっかかりやすい人だなあ」  「うるせい」  「ぼくにとっては同じことです。ゲイだと告白するのは、一般男性がAVの好みを詳らかにするのと同じくらいには抵抗あるんですよ。周囲の偏見もありますし、会社勤めを続けるなら、それなりに話を合わせなきゃね」     そうなのか?もっと深刻な話じゃねーのか?人生を左右する問題をAVと同列で比較していいのかよ?  突っ込みたいのは山々だが、これ以上話がこじれてややこしい事態に陥るのは俺としても避けたい。  「………そんなふうには見えなかった……」  千里の演技は完璧だった。  俺もすっかり騙されてた。  入社半年、ゲイの片鱗さえ覗かせず、だれもに愛される可愛い後輩を演じ続けていた。  断っとくが、その「だれも」に俺は含まれない。  生理的に受け付けねえって言い回しがある。  それほどおおげさじゃないが、似たようなもんだ。ただ単に、なんとなく気に入らねえ。きっかけらしいきっかけもなく、理由らしい理由も見当たらねえから、なおさら漠然と不可解な忌避感情が処理できねえ。千里の嗜好を洞察したんじゃなく、相性が合わないというか、磁石の同極みたく無意識に反発していた。  にこやかで要領よくて世渡り上手で、俺が苦労してるあいだに上に気に入られてとんとん拍子で出世しちまいそうな千里をやっかんでたってのが自己分析した本音。  少なからず疎ましくも思っていた。  「お前、女子に人気あるじゃんか。女どもが給湯所で騒いでるぜ、ルックスも性格も今期ダントツ№1だとさ。あんだけ女にモテてなにが不満なんだ。ゲイだと?贅沢いうな。独身者の呪いを一身に浴びて死ね」  モテない男の僻み満載のジト目で睨めば、千里が哀愁漂わせ首を振る。  「その他大勢にもてたって、肝心の一人に振り向いてもらえなかったら、意味ないです」  諦念の調子で首振る千里は女子社員どもが黄色い声で騒ぐのもしかりな母性本能くすぐる頼りなさで、この期に及んで俺も騙されそうになる。  駄目だ。騙されるな。こいつは童顔の悪魔だ。  人が気絶してるあいだにしめしめ後ろ手緊縛するような男に気を許せっか。  「なんで俺なんだ」  わからないのは、そこだ。  自分で言うのもアレだが、俺は理想の先輩とは程遠い。  口も態度も悪く、後輩に敬遠されている。千里にだって優しく接した覚えはねえ。  どっちかというと邪険に扱ってきた。  懐かれるのがうざくって、自分の仕事を中断して後輩を指導しなきゃいけねえのが煩わしくて、必要以上の口はきかずそっけなくあしらってきた。  なのに。  「男なら、だれもでいいんだろ。俺じゃなくたっていいじゃねえか」  貧乏くじ引きどおしだ。   千里がこんな危ないヤツだとわかってたら、ふたりっきりで残業なんかしなかったのに。  「『だれでも?』」  抑揚ない声に顔を上げる。  千里が辟易した顔でこっちを見詰めていた。  「全然わかってないじゃないか………」  「どういう意味だよ?」  理解不能といった顔と声で問う。  ちょっと横にずれただけで、手首が擦れてむずがゆさを生み出す。  机に背中を預け均衡をとり、沸々と込み上げる怒りを面と向かって千里にぶちまける。   「男なら誰だっていいんだろ?お前、ホモだからな。下腹部に固い物がついてりゃオッケーなんだろ。だれでもいいからてっとり早く犯りたくて、栄養ドリンクに睡眠薬しこむなんて、強引な手を使ったんだろうがよ」  かえすがえすも陰険で卑怯な手口。  前から気に食わなかったが、ここまで最低なヤツとは思わなかった。  人の無防備な弱みに付け込んで自分の欲望をみたそうとするような、犯罪者予備軍とは。  堰を切ってあふれ出した激情に駆られ、毒々しく唾棄する。  「お前の気持ちもわかるよ。性癖、まわりの連中にずっと秘密にしてきたんだろ。そりゃ溜まるよな。ははっ!ならトイレにでもひっこんで一人でヌけよ、関係ねえ俺を巻き込むなよ。それとも何か、こりゃ仕返しか?自分が嫌われてるのわかってて、ずっと根に持ってたのか。俺とふたりきりになったの見計らって、意地悪な先輩を縛って転がして、写メで脅迫して。どうする?明日にでも会社中にばらまくか、全員にメールするか?弱み握ったも同然だもんな、さぞ気分いいだろうさ、そうやって見下して」  手首に食い込むネクタイの感触、着乱れたシャツから覗く素肌がこれでもかと怒りと恥辱をかきたてる。  なんだって俺が、千里ごときに見下されなきゃなんねえ?  先輩の威厳もプライドもへし折られてみじめに這い蹲って。俺がなにをした?そりゃちょっとは厳しくあたった、きつい調子で叱ったこともあったよ。だからって普通、ここまでするか?  千里が理解できない。  犯罪者予備軍の思考回路なんざ理解したくもねえ。  ネクタイで縛られて自由を奪われるのが、会社で半裸に剥かれるのが、他人の手でしごかれるのが、こんなに屈辱的だとは思ってもみなかった。  これから何されるかという未知の恐怖を、千里への強烈な憎悪が駆逐する。  「笑えよ、千里。俺の恥ずかしい社メも撮れて大満足だろ。友達に見せて、一緒に笑えよ。どうせ嫌われ者だからな、俺は。話のネタになるだろうさ。陰口叩かれんのは慣れてるし、かまわねーよ。間抜けな久住を縛って転がして裸に剥いて、一晩中放置してやりましたって自慢しろよ」  「勘違いです、それ」  やけにしんみりと千里が言う。  誤解を哀しむようなその声に一瞬怒りが萎むも、すぐに虚勢を回復。  「勘違い?どの口がほざく。俺が嫌いだからこんな犯罪まがいの真似……っ!?」  言葉は吐息に紛れてかき消えた。  ズボンに潜り込んだ千里の手が、俺の前を掴み、ゆっくりと擦る。  「声。出したかったら、出していいですよ」  ゆるゆると、緩慢な刺激が送り込まれる。  目に映る光景に猛烈な吐き気を催す。  前にしゃがむ千里の手が、俺のズボンにもぐりこみ、じかに股間をまさぐる。  最初は優しく、好奇心が芽生え徐徐に大胆に。  付き合った女以外に触らせたことのないそれを、緩急付けて揉みほぐす。  「普通サイズですね」  「………失、礼なヤツだよ、お前は……っとに!」  冷静な批評に自尊心が傷付く。  生理的な涙で目が潤み、体が拒絶反応を示す。  どんなにテクニックが巧みでも、男の手が与えてくるのは不快感だけ。  ズボン下着を強引に脱がされた今の状況で勃起できるほど、無節操でもおめでたくもねえ俺は、ただひたすら目を瞑り奥歯を噛み、耐える。  「目、開けてください」  あくまで優しく促す。  「見てください」  死んでも聞くか。  手さえ自由なら殴り飛ばしてとっととおさらばしてるのに。  背後は机、正面は千里。   「…………っ………くぅ………」  額に汗が滲む。  堪えようにも堪えきれねえ声が、熱い吐息に混じり、かすかに漏れる。  「僕の手にいじくられるの、どんなかんじですか」    好奇心に満ち満ちた奔放な声で千里が聞く。  どこまでも無邪気な様子に、冷たい戦慄が背筋を駆ける。  弱弱しく首を振りあとじさるも、千里は即座に追ってくる。  「なんとか言ってくださいよ。さっきまでホモだ変態だ卑怯者だって、さんざん罵ってくれたじゃないですか」  ねちっこく畳み掛け、執拗に股間をいじくる。  根元を擦り、上下し、先端に軽く爪を立て。技巧を凝らし、追い立てる。  「その変態にいじくられてぎんぎんに勃ちゃうなんて、よっぽど溜まってたんですね。先輩て可愛いなあ」  限界だった。  これ以上、言いたい放題させておけねえ。  脂汗が滴りぼやける視界に千里の顔をとらえ、吐き捨てる。  「頼むから、そこの窓から飛び降りて死ねよ」  「ここ五階ですよ?」  「知って、るよ。だから、だよ………っ………く、………今の、時間じゃ、人も、いねえし……通行人、と、追突、して……迷惑、かけなくて、すむ、だろ………………」  「悪態ならもっとひねってください。退屈は嫌いなんで」  「いっ!」  強く握られ、痛みにのけぞる。  「固くなってる。まんざらでもないんだ。それとも、誰の手でされてもこうなるんですか」  「………反吐がでるほど嫌いなヤツでも……ねちねち、しつっこく、いじくられりゃ、勝手にこうなっちまうんだよ………!」  事実、さっきまで萎えていた股間は、千里に手淫を施され猛っていた。  千里を拒絶する心と拒否する頭を裏切り、体が快楽の易きに流れてるのだ。  俺自身に吐き気がする。自分に殺意すら覚える。千里は、上手い。正直、俺がこれまで付き合ってきたどの女より……安子より巧みだった。  生理的嫌悪のしこりが胃袋を重くするのに、前は苦しげに下着を押し上げて、はっきり形を浮かせている。  「一回り大きくなった」  「いちいち実況すんな……」  「トランクスと擦れる感じ、どうですか。もどかしい?気持ちいい?前が窮屈そう」  千里が目元だけで笑う。  「脱ぎます?」  「!待っ、」  制止する暇もなかった。制止したところで、ますます悪乗りするだけだったろう。  俺の抵抗をよそに、わざとじらすような動作でトランクスを下ろしていく。  ずるりと脱げたトランクスの下、赤黒い屹立が外気に晒される。  千里が軽快に口笛を吹く。  「大嫌いな後輩の手でこんなになっちゃうんだ。へえ。顔に似合わず淫乱ですね」  「男に淫乱、か。斬新な響きだな。言葉責めってヤツか?嬉しいね、初体験だ」  「強がっても顔赤いし目が潤んでます。死ぬほど恥ずかしでしょ、今」  図星だよ、畜生。  へたに俯くと屹立が目に入り、ますますもって死にたくなる。  オフィスは清潔に明るい。  机が整然と並び、俺たち二人の机上ではパソコンのスクリーンセーバーが起動し、静謐な秩序が保たれている。  他のパソコンは電源を落とされ、ふと目を上げれば、向こうに暗い画面があった。  「ねえ。今の先輩、すごく恥ずかしいかっこしてるって、自覚してますか」  だいぶ砕けた調子で千里がほざき、懐から出した携帯を掲げ、再び何枚か写メをとる。  「見せてあげます。ほら」  そして、頼んでもねえのに、今撮ったばかりの写メを見せてくる。   「茶番に付き合えるか」  咄嗟に顔を背けるも、千里に肩を掴まれ正面に固定される。  突き付けられた液晶には、もう一人の俺がいた。俺が永遠に知りたくなかった俺だ。  皺のついたシャツから貧弱な胸板と痩せた腹筋まで露出し、半ばまで脱げたズボンと下着、赤黒い屹立までも外気に晒し、横を向いてる。  鼻梁にずれた眼鏡の奥、羞恥と屈辱でしめやかに膜がはった目。  憤怒と屈辱が綯い交ぜとなった顔は、醜く歪んでいた。  「この角度なんか、突っ張っちゃって可愛いでしょ。前から思ってたけど、先輩の横顔て色っぽいですよね。首筋から顎にかけてのシャープな線が特に、働く男のストイックな色気が出て」  お気に入りのペットの写真でも自慢するように、千里がボタンを操作し、独白。  「こういう顔を歪ませるのが、一番たのしいんだ」  もう十分、目的を達してる。  言動から薄々勘付いていたが、千里はサディストだ。わざと嫌がる俺の写メを撮って、顔の前に突き付け、見ろと強制した。  右に顔を背けても左に背けても液晶が追ってくる。  「…………しまえ………」  「何ですか?」  「しまえよ。気が済んだろ」  「もっとよく見てください。その眼鏡、伊達ですか」  片手で携帯をもてあそびつつ、もう一方の手で俺の顔を抱き、楽しげにでからかう。  「泣いちゃいそうだ、先輩。瞼がぴくぴくしてる。あ、意外と睫毛長いんだ。眼鏡に隠れてわからなかった。へえ、なんか得した気分。僕だけが知ってる先輩の秘密、か。いいですね。やっとひとりじめできた気分」  「お前、頭おかしいぞ」  顔が熱い。  瞼が痙攣する。  「忘れてた」  携帯のフラップを閉め、手の動きを再開する。   「!ーっ、いい加減に!!」  「週何回マスターベーションしてます?」  「はあ!?」  あっけらかんとした質問に毒気を抜かれる。  脳天から素っ頓狂な声を発し、固まる俺へとずいと詰め寄るや、不本意にも勃起した前に指を這わせる。  「先輩、淡白そうに見えて結構………」  「……なんだよ」  「溜まってるんですね。可哀相に」  よくもまあ次から次とこんな恥ずかしい台詞吐けるもんだ。頭の蓋を開けて中身を見てえ。  自慰の頻度を聞かれ馬鹿正直に答えるヤツのツラを拝みたい。  「首まで赤くなって。耳朶も」  いちいち指摘がうるさい。こっぱずかしい。癇に障る。  睦言と勘違いしそうな甘い囁きが、俺の中に渦巻くどす黒いものに触れる。  「胸糞悪ぃホモ野郎め」  下劣な笑みを滴らせ、口汚く罵れば、千里が器用に片眉はねあげて続きを促す。  深呼吸で手の震えを押さえ込み、邪魔っけな眼鏡の向こうから、渾身の憎悪を装填して千里をにらむ。  「いいか千里、冷静に考えろ。お前今、すっごく不利な立場におかれてるぜ。俺は明日、お前になにされたか上に訴える。そしたらお前はどうなる?順当に考えて、会社にいられなくなる。誰もホモの変態と一緒に仕事したくねーもんな。しかもだ、お前は前科持ちだ。栄養ドリンクと偽って睡眠薬飲ませ縛って猥褻な悪戯して、これ、立派な犯罪だろ?俺が訴え出れば、お前、社会的におしまいだ。ジ・エンド。せっかく新卒で就職できたのに、親不孝な息子だって、親はさぞ嘆くだろうな」  千里に人の心が残ってるなら、この説得は効くはず。  一縷の望みと勝機にかけ、よく動く口先で翻意を促せば、案の定千里の顔が曇り始めて手ごたえを感じる。  親を持ち出すのは卑怯だとか何だとか既に言ってられる事態じゃねえ、こっちは貞操がかかってるんだ。  もちろん被害届を出す気はねえ、男が男に襲われたって警察に泣き付いたって鼻で笑われんのがおちだ。  いや、ひょっとしたらまともに取り合ってくれるかもしれねえが、そしたら俺も千里の道連れで仲良く破滅だ。実名公表はもとより、『深夜のオフィスで同僚に緊縛・強姦された会社員Aさん』として匿名で新聞に載るのもできれば全力で避けたい。  多少は良心の痛みを感じつつ、卑屈な笑みをはりつけ、言う。  「よくまわり見回してみろ、お前に不利な条件ばっかそろってるだろ。俺たち二人が残業してることは、課の連中の大半が知ってる。もし俺になんかあったら、お前が真っ先に疑われる。課長に問い詰められたらどう切り抜ける?言い訳用意してんのか?言っとくけど、俺は自分におきたありのままを包み隠さず述べるぞ。お前がどんな汚え手使ったか、正々堂々チクってやる。ははっ、猿轡しとかなかったのは痛恨のミスだな?今だってその気になりゃ大声で助けを呼ー」  「べなくしてあげましょうか?永久に」  背中に衝撃。  「痛ッ、」  突き飛ばされ、机に激突。  衝撃で机上の書類がなだれおちる。  抗議の声を上げるより一瞬早く、俺の得々とした演説を暴力で遮った千里が体重かけてのしかかってくる。  ろくに抵抗もできなかった。  肩を掴んで引き剥がすことも。  上背は俺が少しだけ勝るが、床に縺れ合って倒れこんだ状態で、それが何の役に立つ?  「ちさっ!」  ぬるり口腔に異物が滑りこむ。  「!?んむっ、」   頭が真っ白になる。  叫ぼうとした口を塞がれ、熱い舌で頬の裏側の粘膜をまさぐられ、酸欠で頭が朦朧としてくる。  男に唇吸われた舌突っ込まれた気持ち悪い吐くそれ以前に、口の中を舌に圧迫され呼吸ができず恐慌を来たす。  いやまてまてなんだこれこの状況ありかよ、俺は会社員で男で二十五歳で今ディープキスされてて、上半身は殆ど剥かれて下半身露出して、今のこのザマ安子が見たら「わあズミっちって変態だったんだ、安子別れてよかった~」と安心されそうだ。  されてたまるか。  後輩とくんずほぐれつしてる現場をまかりまちがってだれかに見咎められたら、今度こそ本当の本当に、俺の人生終わる。  この年でハローワーク通いは勘弁。  「-ン、む、ふぐ……っ……………はッ………」  唾液の糸引き唇がはなれる。  「舌、噛み切っちゃいましょうか」  ゼロ距離で額がぶつかりあう。   千里が笑ってる。  「先輩こそ、状況よく見てもの言ってくださいよ。手も使わず僕に勝てると思ってるんですか」  笑いながら正論を吐き、唾液にまみれた顎をぞんさいに拭う。  「頭突き?蹴り?どうぞ、試してください。むだですから。こう見えて反射神経いいんですよ、ぼく。手が使えないってすごく不便で不自由ですよね。組み敷かれたらひとたまりもない。僕だって乱暴したくないんですよ。先輩は苦痛に歪む顔もそそるけど、最初はやっぱ、和姦でいきたいじゃないですか」  「おまえは、これが、和姦の状況に見えんのか?眼鏡作ってもらってこいよ」  口の中に舌の感触が残ってる。  喉奥に注ぎ込まれた唾液にはげしくむせつつ、どこまでもとぼけたことを言う千里を睨む。  「和姦ですよ。先輩、興奮してるじゃないですか」  「嫌悪してるの間違いだろ」  「いえ、合ってます。先輩も興奮してるんだから、共犯です」  確信こめてほくそ笑み、易々組み敷いた俺の下半身へと手を移す。  「ね?」  「ぅくっ」  股間をまさぐられ、低く呻く。  「勃ったままじゃないですか」  嘘だろ。  「口に突っ込まれて、ぐちゃぐちゃにされて、感じたんでしょ。やらしい声出して、唾液に溺れて」  「眼鏡、眼鏡……」  「顔です。現実逃避しないでください」  天井って、こんな高かったっけ。  床に転がって初めて、天井の高さを痛感する。  背中に回した手が床に挟まれて、痛い。   苦痛に顔を顰める俺に構わず、衣擦れの音も悩ましく下半身を探り、屹立を無造作に握りこむ。  「!ッあ………、」  「イきたいんでしょ」  淡白な水音たて、先走りの汁を指が塗り広げていく。  「正直に答えてください。週何回マスターベーションしてるんですか」  丁寧ごかした敬語で質問する相手を、ずれた眼鏡ごしに、尖りきった眼光で貫く。  「変、態め……」  握り方が変わる。  「先輩、知ってます?こうして根元の方おさえると、いきたくてもいけないでしょ。射精が塞き止められて、すごく苦しい」  「お前、最悪、だ……性格、複雑骨折、してるよ……………」  千里の言う通りだった。  根元を押えられると射精できず、尿道が疼く。  追い上げられるだけ追い上げられ、行き場を失った熱が体中に拡散する。  「週何回ですか」  「………回……」  「聞こえないです」  「最近は忙しいから、週二・三回……」  「ホントに?二十代で?サバ読んでません?枯れすぎ」  わかったら、とっとと放せよ。  イかせてくれよ。  お望みどおり、答えたぞ、さあ。  「ひょっとして、別れた彼女に操たててたり?」  「……千里っ……」  意地悪く根元を締める指が射精の瞬間をひきのばす。  排泄の欲求に似た痛痒感と背筋がぞくぞくするような快感がせめぎ合い、嗚咽染みて哀れっぽい声が出る。  傾いだ眼鏡越しに半眼の視線をさまよわせれば、一途な熱を孕んだ目で、千里が覗き込んでいる。  「僕は毎日、先輩のこと考えてマスターベーションしてますよ」   熱い吐息に耳朶を湿る。  俺の額に自分の額を預け、空いた手を顎にかけ、強引に上を向かせる。  「先輩のネクタイはずして。シャツを脱がして。その下の喉仏は、鎖骨はどんな形は?色は?シャツの上から見てるだけじゃわからない肉付きが知りたい。インテリ崩れの悪徳高利貸しみたいな高慢な顔が屈辱に歪むさまを妄想して、日頃僕を叱る口から哀願の台詞がとびだす日を想像して、何度も何度も犯しましたよ」  「手、を……きつっ……痛て……」  「同性の一番いい場所を知ってるってことは、一番痛い仕方も知ってるってことですよ」  無意識に首を振る。肯定か、否定か。どっちもでいい。一秒でも早く解放されたい、らくになりたい、イきたい。これ以上じらされたら頭がおかしくなる。膀胱がはちきれそうで、尿道がじくじく疼いて、いきたくてもいけない生殺しが引き伸ばされて、生理的な涙がこめかみに滴る。  こめかみに垂直に滴る涙を指先で拭い、反省の色なく千里がわびる。  「すいません。泣かせちゃいましたね」  唐突に栓がはずれる。  「可哀相だから射精を手伝ってあげますよ。後輩の手だからって遠慮せず、溜まってた分だしちゃってください」  吐息と一緒に耳朶に絡み付く「射精」「手伝い」「後輩」の単語が、既に底辺までおちたプライドを打ちひしぐ。   荒々しくしごき上げられ、脊髄ごと引き抜かれるような強烈な快感が襲う。  「あああっああ………!」   乱暴にやすりがけられ、塞き止められていたぶん外気にさえ過敏になった先端から白濁が迸る。  千里の手に導かれ精を吐き出すと同時に前髪がばらけ、視界を覆う。  「はっ、はあっ、は………」  ザーメンを指でこね回し、呟く。  「よかったですか」  床に身を横たえ、浅く胸を喘がせる。  即座に言い返す気力もない。  他人に射精を管理されるのが、こんなに屈辱的な事だとは思わなかった。  射精の快感が薄れ去ると、じっとりした疲労が腰を中心に沈殿する。  たった今俺の身に起きた出来事の理解を、頭が拒否する。  体の下敷きになった手が痛い。へたすると鬱血してるかもしれねえ。  口をきけるまで体力が回復してない俺を見下ろし、指をぬらすザーメンを舌で舐めとる千里。  ぎょっとする。  「よく……んなもん、口にできるな………」  「たんぱく質ですから。先輩だって、彼女にしてもらってたでしょ」  「安子の事は言うな」  「舐めてみます?」  慌てて首を振る。  千里が無邪気に笑い、鼻先に膝を付く。  「自分の物はやっぱ抵抗ありますよね。なら……」  その時だ。  硬質な靴音が廊下に響いた。
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