ボーイズビーアンビシャス2

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ボーイズビーアンビシャス2

アンディとはそこそこ長い付き合いだ。 保護観察期間が明けた大志は、バイトを掛け持ちして費用を捻出し、専門学校へ通って調理免許を取得した。その間アンディが居候させてくれたのだ。おかげで家賃は安く浮いた。 実技には自信があったが座学がからきしの大志はさんざん苦労したが、どうにか調理師免許をとった。しかしそれからがまた大変だ。前科持ちに世間の風当たりは冷たい。 『オレオレ詐欺の受け子上がりでしょ君。そういうのはちょっとねェ』 『ウチのお客さん年齢層高いからさ、爺さん婆さん食い物にしてたとかそういうのは困るんだよね。悪く思わないでほしいんだけど、今回はご縁がなかったってことで』 『あなたまだ若いから他のお店でも雇ってもらえるわよきっと』 履歴書に馬鹿正直に前科を書いたせいか、バイトや就職を希望した店はどこも門前払いだった。 自業自得だ、大志はそれだけの事をした。 御影の尻馬にのって大勢の年寄りから大金をだまし取った事実は消えないし、消す意図もない。 せめて履歴書に嘘偽らざる経歴を書く事が、罪のない年よりをだまくらかし、悦巳やみはなを傷付けてしまった大志の誠意の示し方であり、これだけは譲れない覚悟の問い方だった。 黒く染め直した髪を刈りこんでピアスの穴を塞ぎ、料理人らしい見た目を獲得した。履歴書には相変わらず前科を書き続け、いずれは金を貯め自分の店を持ちたい抱負を語った。 そんな大志を悦巳やみはなは一生懸命応援し、誠一はどこまで粘るか見ものだと皮肉っぽく突き放し、そしてアンディはずっとそばにいてくれた。 『お前の飯は美味い。それは本当だ』 前科持ちだろうが親友をレイプした男だろうが、大志の作った飯が一番美味いと言ってくれたアンディの存在がどれだけ辛い時期の支えになったかわからない。 五十件近く面接ではねられ続け、さすがにへこんで自暴自棄になった大志は、アンディに意地悪を言った。 『アンタ、俺が人殺しでも美味いって言えんの?』 『たとえお前が人殺しでも、それが飯の美味さと関係あるか』 逆に問い返されて言葉に詰まる大志をまっすぐ凝視、アンディが断言する。 『俺はお前が作る飯に惚れている。お前の味噌汁なら一生飲んでもいい』 『塩分の過剰摂取は高血圧や心臓病に繋がるぞ』 専門学校で学んだ知識をひけらかしてあてこすれば、一本とられたアンディはニンマリとほくそえむ。 『なら、控えめに』 前科持ちの大志が腐らずにいられたのは、後見人を代行するアンディが常にそばで見張ってくれていたからだ。 おせっかい焼きな悦巳とみはな、それにアンディの後押しを受けた大志は当たって砕けろとくり返し面接に挑み続け、遂に一件の居酒屋に雇ってもらった。 『本当にイイんスか?』 『何が』 『だって……そこに書いてあるとおり前科持ちっスよ、俺』 履歴書の一項目を指さして念を押す大志に、ねじり鉢巻きをした頑固そうな親父は仏頂面で言ってのけた。『経歴が腕と関係あンのか』 『そんなことねっす』 即座に否定すればその意気やよしと不敵に笑む。 『ならいい。ウチは即戦力をとってんだ、使えンなら細かいこたァ言わねェ。ったく最近の若ェもんときたら、ちイっと怒鳴ればすぐ辞めちまう根性なしばっかりだ。やれ水にさらしすぎだやれヘタはとれ、こっちは当たり前のことっきゃ言ってねえってのによ。お前が調理場で見せた手捌き、悪くなかったぜ。磨けば光りそうだ』 『ありがとうございます!』 ソファーから立ち上がり深々お辞儀する大志を、大将は渋い顔で腕組みして見詰めていた。 厨房では徹底的にしごかれたが、料理が好きだから苦にならなかった。大将は短気な性格でしばしば大志を小突いて檄をとばしたが、なにくそと奥歯を噛んで食い下がり、粘り強く技や知識を吸収していった。 負けん気の強さは世間からはみだして生きてきた大志の数少ない取り柄だ。 がむしゃらに頑張れば認めてくれる人もいる。世の中捨てたもんじゃない。
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