138人が本棚に入れています
本棚に追加
ボーイズビーアンビシャス3
「らっしゃい!」勢い余った巻き舌の歓迎に、入口の引き戸を開けたみはなが行儀よくお辞儀する。
「いらっしゃいました」
「って、お前らか……来るなら電話入れろよ」
「イエーイサプライズ。びっくりした?」
「驚かせたかったんです」
両手Vサインではしゃぐ悦巳の大人げなさを庇うみはなをよそに、家政夫と娘に挟まれた誠一は不満顔。
まったく、もう三十路近いってのに幼馴染は変わらない。みはなはすっかりお姉さんになった。肩で切りそろえた黒髪がおっとりした風貌に似合う、楚々とした美少女だ。
「口の利き方がなってない。出資者だぞ俺は」
「お客様を差別しねー主義なもんで」
「そのかっこ似合ってんじゃん、写メっていい?」 許可を出す前にすでにスマホを掲げ、大志のエプロン姿を撮りだす悦巳。
「エプロンにお店の名前入ってます」
「特注品だ」
「かっこいいですね」
大志が付けたエプロンは紺地に白抜きで「あんびしゃす」と入っている。下はТシャツとジーンズのカジュアルな普段着だが、黒髪に染めてさっぱり刈りこみ、ピアスを外した現在は硬派に見えなくもない。
店名を染め抜いたエプロンを撮りまくる悦巳とは対照的に、誠一はどこまでも偉そうにふんぞり返って周囲を見回す。
「客の入りは芳しくないな」
「誠一さん、そんなずばりと」
「事実を言ったまでだ」
店内はがらんとし、カウンターの右端だけが唯一埋まっている。どうやら散歩の途中に立ち寄ったらしい初老の男性が、甘辛い豚の角煮を箸で突付いてる他は閑古鳥だ。
「り、立地が悪いんじゃないすかね? 駅からちょっと離れてっし」
「徒歩三分は離れているうちに入らない」
「一本路地に入ってっし」
「出す料理が美味ければ自然と客が来る」 経営者である誠一の見立てはシビアだ。悦巳はおろおろし、みはなは不安そうに父と大志を見比べる。
みはなの困惑を察した大志は無理矢理に笑顔を作る。
「……まあ、初日はこんなもんだろ」 正直強がりは否めない。
「好きなとこ座れ」
「んじゃお言葉に甘えて……せっかくだしカウンターにすっか」
「掃除は手抜かりないな」
磨き抜かれた光沢のカウンターに人さし指を滑らせ、埃の有無を確認する誠一にゲンナリする。
「小舅かアンタは」
「似たようなものだ、安藤を婿にとらせたんだからな」
「むっ!?」
予想外の返しに盛大に吹きだしかける。
誠一は涼しい顔で椅子に腰かけメニューを開く。
悦巳とみはなは仲良く手を繋いで来店したが、誠一だけ仲間外れだ。本人が拒んだのだろうきっと。
カウンターに乗り出した悦巳がメニューと睨めっこする誠一を横目で一瞥、大志に囁く。
「俺達で何人目?」
「八人目」
「ぼちぼちって感じか。みんな気付いてねーのかな……ちゃんと宣伝したか? 今ならホラ、サイトとかブログ作れんじゃん。ツイッターもアリか? あんびしゃすだいありーとかやんないの、お前けっこーイケメンだし写真のっけりゃ若い女の子殺到すっかも。なんなら今撮ったの使っても」
「いらねえよ」
「誠一さんに頼んで祝いの花輪贈るべきだったか」
「やったら殺す」悦巳は本気で悩んでいるが、ンなこっぱずかしいの絶対ごめんだ。
大志とアンディが共同経営する「あんびしゃす」は創作居酒屋だ。
よって昼まだ早い時間帯は客足も鈍い。
悦巳はおどけて肩を竦める。
「みはなちゃんを居酒屋に連れてくなんてとんでもねえって誠一さんギリギリまで渋ったんだけど、俺と二人がかりでどうにか丸め込んだんだ。居酒屋ったってツマミ以外の飯もちゃんとでるし、大志の作る料理なら絶対美味いもん
な」 褒められるのを待つ犬さながら見えないしっぽを振りたくる、めでたいツラを殴ってやりたい。
おしぼりで手を拭きつつ誠一が口を開く。
「集客には口コミが肝心だ。友人知人にちゃんと根回ししたか」
「いねーよそんなの……いや、世話ンなった大将や店の連中にゃ言ったけど。あっちも忙しいし、来てくれなんてわがまま言えるか」
家族はもとより絶望的だ。消息すらわからない。
ふてくされて唇を突き出す大志をよそに、誠一にならっておしぼりで手を拭いたみはなは、興味津々目を輝かせて店内を見回す。
「どこもキレイですね」
「新しいからな」
「メニュー決めちゃいましょうよ、みはなちゃんは何にします?」
「えーと……これにします」
みはなが指さす先には「あんびしゃすおすすめ燃える闘魂注入カレー」の文字列が。
「貴様俺の娘に何を注入する気だ?」
「カレーだよ、闘魂はインパクト狙いのネーミングだからスルーしろ」
「じゃー同じので、大志のカレー最高だもんな。誠一さんはどうします」
「任せる」
「じゃあカレーで」
「全員カレーかよ」 大志はあきれる。
そろえた膝にちょこんと手をおいたみはなが、何故か得意げに顎を引く。
「おそろいです」
「あ、みはなちゃんは甘口で」
「いちいち言わねーでもわかってる」みはなが真顔になる。
「もう中学生ですよ? 甘口は卒業しました、みんなと同じで大丈夫です」
「大志のカレーガチだと結構辛いっすよ?」
「……どれ位ですか」
「喉が火事になります」
「甘口で妥協しましょう」
悦巳の誇張を真に受けたみはなが無念の辞退を決める。
当然子供や女性向けに甘口も用意してる。注文を追えてメニューを閉じた悦巳は、カウンターの奥を覗いて首をかしげる。
「アンディは? 一緒じゃねえの」
「賄い食いに行ってる。すぐ戻る」
噂をすればなんとやら、裏口からアンディがもどってくる。
店の横に面した路地で賄いを食べていたのだ。
「ちーすアンディー、開店おめでとっす!」 アンディの姿を一目見るや席を立ち、人懐こさ全開で大袈裟に手を振る悦巳に「いや遅ェよ」とツッコむ。
「いやだって、こーゆーのはちゃんと二人そろった時に言わねーと。大志とアンディ、二人の店だろ?」 悦巳にもこだわりがあるらしい。
カウンターに近付いたアンディが威圧感伴う鉄面皮をほんの少し和らげ、三人を歓迎する。
「わざわざご足労頂いて恐縮です」
「お前はもう俺の部下じゃない、店の人間だ。なら相応の対応をしろ」
「これは失礼……ようこそいらっしゃいました、どうぞごゆるりと寛いでください」
「開店おめでとうございます。エプロンおそろいですね」 大志とアンディがペアのエプロンをしているのに気付いたみはなが指摘し、続けて爆弾発言を投下。
「新婚さんですか?」
「「ぶっ!?」」
同時にお冷を飲んでいた悦巳と誠一、カレーをお玉でかきまぜていた大志が盛大にむせる。
「み、みはなちゃん意味わかって」
「お父さんがアンディさんをお婿に出したって言うから」
「誠一さんのせいか!」
咄嗟に顔を背けたからカレーに唾は入ってない、よかった。三人の応対は積もる話のあるアンディに任せ、しばらく調理に集中する。
「居抜きで買ったにしてはいい店だな」
「ありがとうございます。手洗いの場所が少々わかりにくいのが難点ですが……」
「心配なら貼り紙をしておけ」
「わたし迷子になんてなりません」
「メニューブック手作りっすか? 味があるっすねー」
「字は俺が書いた。共同作業だ」
「大志字が汚ねっすもんね」
「聞こえてるぞ」
途中で振り返って釘をさす。四人は構わず会話を続ける。
「写真はよく撮れてるな」
「どれもおいしそうです」
「大志は盛り付けもセンスあるんすよ。ほら、さりげなく散らした赤ピーマンとパセリがおしゃれっしょ」
自分の事のように得意がる悦巳が憎らしい。アイツ、人の気も知らねェで。心の中で毒突きながら寸胴鍋のカレーを温め直し、更にご飯を盛ってお玉でかける。中にはトロトロに煮込んだコマ切れの牛肉とたっぷりの野菜。
「おまちどうさん」
カレーをよそってカウンターへ引き返し、三人に提供する。
「おお……」
悦巳は食いしん坊万歳とゲンキンに目を輝かせ、みはなは背筋を正して感動し、誠一は養豚場の豚肉でも見るような目で見下している。牛だっての。
「これこれ、これっすよー大志の一番の得意料理野菜と豚肉ゴロゴロカレー!」
「勝手に名前付けんな。あと牛肉な」
「え、出世したの? 俺ン時は豚だったのにずっこくね?」 地味にショックを受ける悦巳をほったらかし、誠一とみはながさっさと匙をとる。
「ちょっと待ってください、いただきますは三人一緒って約束したでしょ何しれっと放置プレイしてんすか!?」
「冷めたらもったいないですし……」
「仲間外れが寂しいならとっとと匙をとれ」
「うぅ……最近誠一さんに似てきてませんかみはなちゃん」 みはながカウンターに匙を取り落とす。
「え、今のそんなショック受けるとこ?? って誠一さんまでショック受けないでくださいよ、あーもーめんどくせェ親子だな!?」
「……ショックじゃない」
「まあ女の子は父親に似るってゆーし誠一さんハンサムだし、悲観することねっすよみはなちゃんドントマイムっす!」
「……似るならお母さんのほうがよかったです」
「お願いっすこれ以上無邪気に誠一さんのHP削らないで!?」 全力でツッコミを入れる傍ら、カウンターに落っことした匙をナプキンでさっと拭って再び握らせ、序でに誠一を叱咤し大忙しの悦巳。面倒くさいと嘆くその口調には、面倒くささもひっくるめて愛おしむぬくもりがあった。
「んじゃあらためて」
悦巳が咳払いで匙をとり、みはなと誠一も匙を握り直す。
「「「いただきます」」」
最初のコメントを投稿しよう!