その気になんて

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「……カッコ悪いわよ、和久田くん。子供相手に」 「カッコなんか気にしてられるか。恋人横取りされそうになってたんだぞ」 紗子が言うと、和久田は不機嫌なままでそう言った。 ……恋人って、言っちゃうのか。お付き合いも始まってないのに。 「あーもう、腹立つことに腹が立つわ……。ホントだったらあんな奴相手になんかしないのに。今、なに言われたんだよ」 紗子の手を握っていない方の手で、和久田がいらいらしながら髪を乱暴に掻きまわした。 「浜嶋主任にだったらまだ分かるけど、あんなぽっと出のガキに松下盗られてたなんて知らなかった……。お前が悪いんだぞ」 あんまりな言い草にムッと来る。でも、握られた手をそのまま持ち上げられて路地のビルの壁に縫い付けられたら、入り口からわずかに差し込む街の明かりに見えた和久田の目が鋭くて、何も言えなくなった。 「わ…………」 目を瞠った紗子に和久田の顔が近づいてくる。 「ちょっと何するか分かんない、怖い。お前のこと、泣かせたくないのに」 そう言った和久田の目は昏(くら)い光に満ち溢れていた。今まで見たことのない和久田の表情に、恐怖で心臓が鳴っている。耳の奥が痛いくらいだ。 じわりと脂汗を掻く。和久田の唇が近づいてきて、紗子の手を握ってない方の手が紗子のブラウスの首元に引っ掛かったのと、紗子が和久田の頬を叩(はた)いたのは同時だった。ぱちんと乾いた音が路地に響いて、二人はスローモーションのように動作を止めた。 「………、…………っ」 「~~~……っ」 はあはあと、二人とも肩で息をする。心臓がばくばくと早鐘を打っているけれど、一瞬が過ぎてしまえば、元の路地裏の空間だった。 「……悪い、目ぇ覚めた……」 「う、うん……」 何が「うん」なんだろう。でもそれ以上は怖くて返せなかった。 「……取り敢えず」 こんなところでなんだから、場所移さない? 今度は紗子の意見に賛成だったようで、和久田が紗子の手を引いて歩き出した。……心臓が痛い。この痛みは何だろう、と紗子は思った。
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