向き合う気持ち

2/3

35人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
ひとしきり泣いてしまうと、紗子も落ち着くことが出来た。和久田が告白の後から『お付き合い』が始まっていたと認識していたのはびっくりしたが……。 こんな些細なことでもすれ違ってしまうのだから、やっぱり言葉にしてもらわないと分からない。そして涙が落ち着いてしまうと、さっきまで痛かった心臓はどきんどきんと走り出した。 これは経験したことがある。好きな相手を前に、どうしたら良いか分からなくなる時だ。クリスと居るときにはこんな風にならなかった。浜嶋を前にしてもときめきとと切なさが入り乱れていたので、どきんどきんだけの時って、もしかすると初めてかもしれない。 どきんどきんどきん。今まで好きになった人を前にした時とは違う、ふわっと心が浮き上がるような夢のような幸福感じゃなくって、焦りにも似た感覚。一刻も早く此処から逃げ出したいような、もっと一緒に居たいような……。 顔が熱くなるのを感じる。和久田を見てたはずの視線を合わせていられない。再び俯いて膝の上で握った手を見つめる。 あのさ、と和久田が口を開いた。 「松下が言葉を欲しかるの、分かってなくてごめん……。最初は『なんでわかんねーんだ』って思ってた。でもそうだな、松下には初めてのことだもんな。俺の配慮が足りなかったわ、ごめん」 紗子の涙で我に返った和久田が言う。ごめん、なんて謝られると、紗子の方こそ悪かったと思えてしまうじゃないか。でも、違う境遇で生きてきた二人の人間が話をしようと言うのだから、説明は不可欠だ。特に恋愛に関して、紗子には圧倒的に実践知識が足りない。和久田はそれを理解して、こう言ってくれた。 「松下の事、好きだよ。だから、俺と付き合って欲しい」 ひたと目を見て言われて、改めて自分はこの人とお付き合いをするんだという意識が湧いた。すると、途端にクリスのことを思い出す。和久田にも、クリスにも、悪いことをした。 「ごめんね、私……」 「いいよ、あいつのことは、もう」 和久田が気にしないそぶりを見せたから、それで救われる。 和久田の言葉に、うん、と返事をすると、和久田がこれからのことを提案してくれた。 「それでまず、踏まえておきたいのは、当たり前だけど仕事と自分の健康第一。そんで次にお互いのこと。三番目に友達のことって考えてくれたら嬉しい」 でも、この前みたいにクリスの約束が先に入ってしまう時もあると思う。そういう時はどうするんだろう。 「お互いわだかまりを抱え込まないためにも、どんな相手と一緒に居て欲しくないとか、ちゃんと言うべきだと思う。俺は、笠原みたいな女同士の友達ならいざ知らず、お前に好意を持ってる男とお前が一緒に居たら嫌な気持ちになるよ」 成程。それはうすうすそうなんじゃないかなとは思っていた。覚えておこう。 「あと、これは俺が勝手に思うだけだけど、俺は松下が泣くのは俺自身が辛いから、出来るだけお前が泣かないでいいようにしたいと思う。泣かなくて、笑ってくれてたらそれだけでいいかな」 だから、辛いこととかあったら全部言ってくれていいんだぞ。 まじめな顔から一転、ふわっとほどけたように微笑む和久田の周りに、光の粉が舞う。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加