クリス

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「あ、ありがとう……」 クリスはアメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフだが、それをひけらかすような真似はしない良い子で、美術の専門学校に通っているらしい。端正な顔に人懐っこい笑みを浮かべて給仕をする姿は、店の女性客の注目の的だと言うことは山脇が教えてくれた。 「紗子さん、最近いらっしゃらなかったから、お元気にしてるかなって思っていたところでした。今日シフトに入っていて良かったなあ」 にこにこと言われると照れる。年下だけど結構イケメンのこの子に好意の言葉を寄せられて、悪い気はしない。 浜嶋には雪乃さんが居て、紗子には和久田が居る。丸く収まった筈のその関係に未だ慣れない気持ちを、置かれた水をひと口飲むことで改める。こん、とグラスを置くと、まだ横に居たクリスがにこやかに話し掛けてきた。 「紗子さん、俺、再来週の土曜日休みなんですよ。良かったらデートしませんか?」 思わずクリスの顔を振り返って仰いだ。にこにこと邪気のない笑みの中に紅潮した頬ときゅっと上がった口角に僅かの緊張。…きっと勇気を出して誘ってくれたんだと思うと、邪険に出来ない。 「こら、その日は展示会の準備だって言ってたろ。そんなに暇なら店に来いよ」 山脇が苦笑気味に言う。確かに飲食店が忙しい週末にアルバイトが休みでは、山脇たちも困るだろう。でも、クリスはたまには良いじゃないですか、と食い下がる。 「俺、もう三ヶ月くらいずっと学校が終わってから此処に通ってるんだから、少しくらい自由にさせてくださいよ」 それに展示会の準備の話は本当です。 とクリスは言った。 「紗子さんのお仕事に興味があるんです。将来、紗子さんみたいなデザイナーになれたら良いなと思ってて」 そうやって褒められると弱い。山脇に良いですか? と断ってから約束をする。クリスが嬉しそうにメモにラインのIDを書いて寄越してきた。 「もし時間があったら連絡ください。俺、待ってますから」 クリスの目を見て、純粋な目だなあと思う。きらきらしていて好きなものを好きと言って良いと疑わないきれいな目。後ろめたさとか、卑屈さとか、全然持っていないきれいなそのまなざしを向けられるには、ちょっと眩しすぎるくらいだった。
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