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#1 安心して眠れる場所と未来の約束。
夏休みが明けて初日…
前の席の騒がしい人物がいない。
暫く休むことは良くあった。
いつも必ず急に現れて
変わらない笑顔で声をかけて来るし…
同じクラスのナオヤと
「長めの夏休みとっちゃった〜」
なんて言いながら数日後に傷だらけで現れるぐらいだから、そこまで心配しなくても、
きっとまた帰って来るはずだろうなんて…
そう思っていた。
…そんな彼、
…春輝くんは隣の空白の席を見つめながら、
時折悲しい目をしていたっけ…
理由はわからないけれど、
やっぱりその顔は忘れられなかった。
……
…学祭が終わりに差し掛かる時間…
騒がしい声がする。
階段を走り抜けすれ違い、
何かを追う春輝くんの姿…
それが…最後に見た彼の姿だ…
あれからかなりの時間が経過してる気がする。
いや、そうでもないか…
最近いたからそう感じるだけかな?
……
前の席が2つ空白になると、
よく眠れるようなきがしていたけど、
なんだか騒がしい方が寝られたな…
……
今日の仕事行くの怠いかも。
そんな風に思いながら
いつものお気に入りの昼寝スペースで
静かに眠りについた。
そういえば、春輝くんに…
この場所まで案内する約束を果たしてなかったなぁなんてぼんやり思っていた。
……
BARで働いていることは、
学校には秘密だ…
というのも未成年なのを偽って家の仕事の手伝いをしているから、実質働いてるが働いてるということにはなっていない。
なんとなく季節の変わり目だからだろうか、
体が怠いな。
店の前の扉でギラついた服の男達が何やら揉めている。
よくあるパターンだが開店前に珍しい…
非常に店に入りづらいのが嫌な感じだし…
何であんなところで揉めるかな…
少し距離を取りたいが店の前だ…
仕方ない話しかけるか。
「あの…すみません…そこ…入りたいんですけど」
その言葉に全員がこちらを振り向く。
その瞬間目のあった人物がよく知った人で驚いた。
「春…」
何かいう前にすぐさま手を取り走り出された。
素早すぎて何が何だかわからないし、
後ろから怖い形相で男達が追って来るものだから、
一体どうしてこうなってんだか思考が追いつかない。
狭い道に押し込まれると、
俺がたまたま手にかけた扉が開いて、
2人で廃ビルに潜り込み鍵をかける。
深いため息をついた所で、階段に座って話しかけた。
「春輝くん?」
深く被ったフードをとって、「ごめんな」なんて言いながら春輝くんは俺に笑いかけた。
いつものピンク色の髪は?抜けきった色に黒っぽいような髪で…黒いサングラスだし…
全然イメージが違う。
顔をはっきりみるまでわからなかった…
…どこもかしこも怪我だらけじゃないか…
「追われてるの?」
「…まぁ、そんな感じ…てか陽向はBARに用事?」
曖昧な返事をされ、逆に質問されてしまった。
そんな事より誤魔化さないで、いって欲しい…
…いや、でも…
…そっか、俺だって誤魔化してる…
…BARで働いてる事は数人しか知らない。
「無理に答えなくていいよ?…じゃあ、俺行くからこんなとこにいないで早く帰りな」
そう言って扉に手をかける春輝くんの手を制止した。
「働いてる……事情があって…あのBARで働いてる…」
「………そっか、だからいつも眠そうなんだな」
そう言って「頑張れよ」と何故か俺の頭を撫でてくる…歳上みたいに時より振る舞うのが不思議だったけど、春輝くんはみんなにこういう素振りをする時があるんだよね…
何でもできちゃう…という印象が確かにある。
話したりするまでは意外だったけど…
何処にでも馴染めるし、俺にはちょっと出来ないような事を平気でやってのけるような…
クラスをまとめようと思えば出来るんじゃないかな…なんて思ってた…
「……答えられないことなの?」
自分が少し話せば、何か話してくれるんじゃないかって期待していた。
痛そうな顔の傷を少しだけ触ると手を伸ばしたことに気づかなかったのかビックリされた。
乾いた血…傷じゃないんだ…じゃあ誰の…?
返り血ってこと?
「…俺学校やめようかな…あんまりいい状況じゃなくてさぁ…」
困ったように笑いながらいうけど、
それは嘘ではないように感じた。
「…学校やめるの…?
春輝くん…そんなに成績やばかったっけ?」
こんな時にジョークな言葉、
よくないのかもしれない…
いや、こういう時だからこそかな。
「うーん、…成績は赤点とったことないよ。」
ジョークの筈がやけに真面目な回答で変な気分だ。
「意図的にある程度のとこで、…いい点取らないとこまでで解答するのやめてんの。」
それは、つまり…本当なら回答できるものもある筈なのに…意識的に点を取らないってこと?
「違う子にも話したけど……
…1位目指したら夢見てるやつに申し訳ないじゃん?
1位とりたい奴がとればいいと思ってるし。
俺勉強とか、夢とか無いし…どうでもいいからさぁ…」
いつもの話し方より落ち着いているのが逆に違和感もある。
何もかも隠す気がないような…
そんな気さえする。
「赤点とったことないの?すげー…」
とりあえず会話をしてくれるんだから、
会話を繋げようと思うけど…言ってることが本当なんだとしたら……それは凄い。
「めんどいじゃん、補習とか…」
「わかる、すげーめんどい
1年の時やらかしたんだけどさ…もうやりたくない」
「やっぱそうだよね、赤点は取ったことないけど、またテストやらなきゃなんないのとか見てるとかわいそーってなるもん。」
「1年のときのオレ、かわいそーだったわ」
少し前の夏休み…
春輝くんと出かけたことがあった、
何というかその時よりもローテンションだからか、
不思議と話しやすい。
「まぁ、今は変わったんなら…いーんじゃない?」
あ……、いつもの明るい声のトーンに戻った。
よかった…
よかった?
俺は一体何を望んでるんだか…
「春輝くんがべんきょー会ひらいてくれたからかもね」
「うける、勉強会で俺遊んでたけどね。」
あぁ、また振り出しか…
そういう顔をさせたいわけじゃないんだ。
変な壁を作られていく…
もどかしい。
BARに来るお客さんでもたまに居るけど、
全然飲んでても楽しくないという顔をする人を思い出していた、仲良くなるためにはある程度自分のことを話さないといけないし、
割と厄介で…お客さん相手の時は苦手だなって感じてた。
でも、春輝くんは…違う。
お客さんじゃない。
「陽向は高校卒業したら…どうするの?」
沈黙を破るように春輝くんが俺に聞いてきた。
「卒業したら…?
卒業したらか…うーん…しょーじき、漠然としてる…」
二年生までは割と遊んでても問題ないだろうって人が多いけど、三年生が進路の話をしてると気になったりする人も出てくる…
「まぁ、まだ二年生だもんなぁ…なんやかんや三年生になっちゃうけど…俺もう学校行ってたところでやりたいこと無くてさ…」
少し間をあけて、春輝くんは吐き捨てるように、
「意味ねぇなって…思ったんだよね。」
と言った。
俺の回答が欲しかったわけじゃない、
こういう流れの時って自分の話を聞いてほしい…
そういうことだよね?
…そう感じていると続けるように春輝くんが話し出した。
「はじめは卒業できればいいかなぐらいだったけど…学校行ってないやつとか途中で退学したやつとかと話してたら……なんか、俺もそっち側かなって感じてさ。」
確かにBARで聞くところ、大人たちの意見は「将来学校の勉強なんて役に立たなかった」「卒業だけできればなんとかなる」「卒業できなくても働く先はある」なんていう人もいる。
でも、「学校で作った“友達”は将来いい思い出話ができたり、行っててよかったなぁって思うんだよ、仲間っていいもんだぞ」と話してくれた常連の人もいる。
年齢を偽ってるから合わせながら会話していたけど、その話は印象的だった。
友達か…
春輝くんと俺は友達って呼んでいいんだよね?
「学校でやりたいことなくなっちゃったから、やめようかなってコト?」
俺の言葉に暫くの沈黙が訪れた。
…深く入りすぎちゃったかな…
「…………行きたくなくなっちゃった」
俺の目も見ないで静かに口に出したその言葉…
春輝くんは、春輝くんなりの考えがある。
ただ、俺の…みんなの気持ちは?
一切お構い無しってこと?
わかった、…もう来ないかもしれないなら、
俺の気持ちを言っておこう。
無理に連れ戻したい訳じゃないけど、
きっと同じ気持ちにさせられてる人はたくさんいる筈だよ。
…俺、結構見てるんだな…春輝くんのこと…
今まで考えたこともなかった学校での自分のことを振り返りながら話す。
「…そっか…オレは…
将来のコトはしょーじき漠然としてる…でも卒業はしたいなって思ってる…
母さんに、心配も迷惑もかけてるし、ワガママも聞いてもらってるから、せめて高校は卒業したら、ちょっとは恩返しになるかなって
まぁ、居眠りして怒られてばっかだけどさ…
でも、これはあくまでオレの気持ち
オレの価値観
オレの事情
春輝くんには春輝くんの価値観があって、
事情があるから…
それで学校やめるっていうなら仕方ないのかもしれないし、オレに止める権利はないと思う
………でも
学校祭のあと、春輝くんが学校こなくなってから…
いつも前の席があいてる…
寝てるオレの頭の上を飛び交う、
悠李ちゃんとの言い合いが聞こえない
それがこのさきずっとかと思うと
寂しいなって思う」
少しだけ怖くて、ギュッと服の端を手で握っていた…喧嘩になるなんてことはないだろうけど、
俺の言葉で春輝くんが万が一戻ってこないなんて事があったら?
…学校でみんなに、どんな顔すればいいんだろう。
「なんか、…似たようなこと言われたよ…
寂しい…か…俺ってやっぱうるさいよね〜…」
その返答に、気持ちがスッと軽くなった。
同じ気持ちの人が何人かいる、
いや、
1人でもいい…同じ人がいるなら、
それだけで自信がつく。
「お母さん…大切にしてるんだな…家族大事にできるの凄くいいと思う。
俺はずっと恨んできたんだよね……
学校いこうが、どうしようが…好きにしていい…
金ならあるし…自由にしろって感じなんだよ。
軽いの、何にもないよ。
…だから、正直、
なんでもいいんだ。
自分で決められるから。」
ん?もしかして、…やりたいことを探してる?
不自由がないからこそ、何もないから…
何かを求めてるってことかな?
「存在感とうるささはまたべつものだよ」
ゆっくりと寄り添うように話しかけると、
春輝くんは少しだけ笑いながら。
「そう?…別物か…」
とぼんやりした口調で言う。
…話が続かなくなる前に俺から語りかけようとしたら遮るように春輝くんがまた扉へと手をつけ、
「さて、そろそろ巻いたかな…」
と取手に手をかけた。
「ん??……開かねえ……」
「開かない?鍵は?」
「内側から鍵かけたんだけど、回しても開かねぇんだよ…蹴破るか…」
ドンッと何度か春輝くんが蹴りながら試すがまったくもってびくともしない。
「…んだよこれ…無理じゃん…窓もねぇし、どっかに抜け道ねぇかな…思ったより暗いし…」
そう言いながら携帯を取り出して春輝くんが画面を見る。
「携帯の…電波は…ないか…
地下じゃねぇのに、なんだよこのビル………ちょっとまって、考える。」
ぐるっと周りを見渡して壁を触りながら春輝くんが板を剥がしたりしていく。
「二階に上がれそうだけど封鎖されてるな……壊せそうなとこ探すか……」
その姿を見て試しに自分もそこそこ勢いをつけて扉を蹴るがドンッと音だけ響いてびくともしない。
「ホントだ…全然開かない…」
携帯を開くが眩しさに一瞬目が眩んでから目を凝らす。
「オレのケータイもダメ、圏外…」
俺のその言葉を聞いて、
春輝くんは「だよな」と納得して辺りを散策し直す。
…ここから出る前に…ちゃんと話したい。
もしかしたら鍵が開かないのはある意味チャンスなのかもしれない。
「ねえ、意味ってさ…必ず必要?」
いつもより大きめの声で語りかけた。
すると散策する手が止まり、春輝くんは俺の方に向き直る。
じっと俺を見てから口を開いた。
「…意味ね…必要ないのかもな、
いたいのか、いたくないのか…それだけだろってさ先輩に言われた…今は…いきたくなくなってる…」
なんとなく引っかかる。
別の理由があるのかな?
「自由がきくならなにがしたいか、
自分がなにをしたいかを探すとか
そこに意味はいらない、自分の願望だけ
時間かかってもいい
見つかったときに初めて、今までやってきたことが意味になるんじゃない?
意味はあとからでもみつかるよ
でも、きっと疲れると思うから
なんか疲れたりとか…
話したいとかあったら…
ちゃんとしたやりたいことだと思うし、目標だと思うよ…、聞くよ、いつでも」
(……………あ………やりたいこと、みつかったかもしれない…)
…思わず心の声が言葉になりそうなのを飲み込む。
俺、意外と人と話すの好きなのかもしれない。
「意味は後からか………俺あれだな、…
こういうピンチを切り抜ける力が欲しい。
やりたいこと…願望は誰かの1番になりたい…
俺の憧れてる人が俺にとっての1番だから。
俺もそうなりたいよ。」
やっと…本音が聞けたような気がした。
嬉しくて思わず声の調子が上がる。
「すげーかっこいいね、それ
春輝くんが話してくれたなら、オレも話さないとフェアじゃないね…
オレは…一休みできる場所を作りたい…かな…
今まで教えてもらったこと、
せっかくだから活かしたい
こんなに話したの、バイト以外で久々…」
ちょっと疲れて腰を下ろすと春輝くんが隣に座って来る。
「へぇ、陽向ってそんなこと考えてるんだ〜
いいね、俺休むの下手みたいだし休みに行きたいなぁ。」
口約束だとしても未来の約束って嬉しい。
いつか叶ったら、
きっと今日の事を思い出すんだろうか。
「………憧れは、夏月のこと言ってる。
夏月はね、1番かっけぇの。
俺にできないことなんでもできてさ…
最高のお兄ちゃんだよ…
夏月がいなきゃ駄目だった。
結局俺はなんもできずに、
全部逃げたよ。
いつも手を引っ張ってもらってたから、俺も…
やろうとした…でもやっぱ無理だった。
空回りで終わったよね。
目標にしてたけど、
超えるのは難しいし、
それに…
1番…頼りにして欲しかった人を…
多分1番傷つけた。」
…夏月くんの話?いや、違うのかな?
慎重な面持ちで話すけど、傷つけたのは誰のことなんだろう。
俺が返事をするよりも早く春輝くんが立ち上がる。
「はぁ、…無駄に体力使ってもだし、なんか抜け道探さなきゃなぁ……腹減ってるなら飴ならあるよ。」
チュッパチャップスを差し出された。
そういえば初めて話した時に渡されたっけ。
「ん、もらっとく…ありがと…
…夏月くんのことだったんだ…そっか…
自分にはできないことができるって、でもそれって春輝くんもきっと誰かにそう思われてるよ
から回ったり、誰かを傷つけたことは、
辛かったと思うけど…
でも頑張ったことも事実だと思うから
たくさん、話してくれありがと」
ふと立ち上がりスイッチをカチカチと触る。
「電気…とおってないよね、やっぱり」
はじめからスイッチには気付いていたが触ってなかった…やっぱり点かないのを確認していると、春輝くんが近づいてくる。
「電気か…携帯使っちゃうと電池食うもんな…とりあえず…何とか出れそうなのは二階かな…
ペンチみたいな、うまくなんかネジとか外せるやつ探さねぇと壊せなそう…、、、
…ちょっと散策するか…
脱出ゲームみたいじゃん。」
「確かに脱出ゲームは好きだけど…こんな物騒なのはやだなぁ」
そんな会話をしていると緊張感ある状況なのになんだか和む…この空気感嫌いじゃない。
「なんかさ、陽向って優しいな。
こーいう会話した事なかったけど話してもいいんだなって感じがした。
…てか、こんな状況じゃなきゃ話さなかったかも。
…俺ね、中学の時に夏月と2人暮らしを始めたんだよ。
出来るわけないと思ってたけど、夏月ってさ…
なりふり構わず…
とにかくやりたいことは意地でもやるんだ。
金がなくても、力がなくても我儘を通すの。
すげぇんだよ…
その絶対やるってのがさ…
カッコいい…
…なりたいんだよなぁ、あの時の夏月みたいに…
1人で先に行っちゃったから、
俺も追いかけられるかなぁ…
…場所はどこであれ、
誰かの1番になりてぇよ。」
春輝くんがもう一度自分に言い聞かせるように言った、誰かのために必死になってたのは、
そういうところにあったんだね。
夏月くんにも会って、ちゃんと話してみたいなぁ…
「…まぁ、その…返事してないやつって、
学校のやつだからさ、なんかちょっと行きづらい…
ってか、戻りづらいし…
連絡きてるのも…ちゃんと返してないんだよな…
シキコーに悪いやつは居ないだろうけど、
向き合うのが怖いんだよ。」
夏月くんの話とは別に悲しそうな声がコンクリートの冷たい壁に響き渡り吸い込まれていく。
背中を押してあげられるかな…
「確かにね怪我のコーミョーってやつ?
…夏月くんすげーパワフルじゃん
やりきるっていうのがすごいね
歩くのやめなければ、速くても遅くても、追いかけることはできるよ
応援、するよ 」
「そーなんだよ、
やり切るまでは何が何でも動かないし…ずっとそれに執着するし…負けても結局勝ちにいくまでやるから傷だらけの戦士って感じ。笑
…そーいう夏月の後ろに隠れたままだったからさ、なんかしてみたかったんだよね。
応援ありがとね〜、
最後までやりきらなきゃなぁ…」
春輝くんの言葉を聞きながら不意に考えていた。
今までの自分について…
なんやかんや、いろんなこと皆に隠してきたな…
「…………人と向き合うのはいつだって怖いものだと思うよ」
あ…
思わず気持ちが自分の心に引っ張られて焦る。
「…ごめん、ちがう…そうじゃなくて…」
ちょっと気持ちを落ち着かせて口にする。
「詳しいことはわからないけど、でも、相手も同じこと考えてるんじゃないかな…
連絡きたってことは、その人は春輝くんと向き合うために勇気を出したんじゃない?」
不思議そうに俺を見つめていたが、
何かを察したように春輝くんは、
「まぁそうだな…
無事にここを出られたら…
返事、してみようかな…
その勇気無駄にしちゃ駄目だよな。」
と言いながら頭を掻いた。
「大丈夫、だよ
シキコーに悪いやつはいない、でしょ?
少なくとも春輝くんは、オレにはできないこと、できるよ」
さっきよりも穏やかな春輝くんの声に返事をする…学校でふざけていた時よりもずっと本音や気持ちに近い部分なのかなって嬉しさがあった。
不意に物音が響く、
その瞬間、俺は春輝くんと目があった。
外に誰かいる。
そっと聞き耳を立てると僅かな声が聞こえてきた。
『この中っぽいな…』
『閉鎖されて入れないらしいじゃないですか?』
『じゃあ、ボヤとか起こすのがいいか』
『いや、とりあえずボスに確認してから…』
『それもそうか…』
会話を遠巻きに聞いていると嫌な話が聞こえてきた。
「あいつら、燃やすつもりか?
…まずいな…
陽向だけでもださねぇと…」
春輝くんが床に落ちていた長物を拾って床に軽く打ち付ける。
「木の長物ぐらいしかないか…
折れそうだけど隙間に挟んで板ごと持ち上げるしかねぇや…」
「春輝くんもでないと…連絡、とるんでしょ?」
「そうだな……ねぇ陽向…俺ね……
いま、やばい事に首突っ込んでてさ……
本当なら、
やるべきじゃなかったんだって後悔してる。
…巻き込んでごめん。
…やりすぎたんだなって、
でも後戻りできないとこまできててさ…
でも、信頼できそうな人に、
助けてくれって…言ってある。
今はまだ、そのために必要なものが無くてさ…
必死に探してんだ。
さっき追ってきたアイツらはね…
俺を殺したいんだと思う。」
バキッと勢いをつけて、木の板が悲鳴を上げ道をあける。
二階に上がれるようになると、
春輝くんが更に邪魔な木を蹴り上げた。
「……よかった、多分こっからいけるか。
陽向、逃げろ。
俺は、いかなきゃいけない…
必ず戻るからさ。
学校で待っててよ。
これ以上は巻き込みたくない…」
真剣な表情で言われ少しだけ怖かったけれど、
このまま離れたら2度と会えない気がする。
「大人の暴力って怖いよ
殺されるかもしれないのに、行くの?
春輝くん、オレね…
人の事、ちゃんと信じられなかった
シキコーきて、ちょっとは信じても大丈夫かなって思えるようになった
春輝くん、オレに自分のことたくさん話してくれた
辛かったこととか、悔しかったこととか
話してくれた…
それって、オレのこと信じたから?
オレ…今は…そんな人…置いて…自分だけ逃げるとか…薄情なことできないよ…
できなくなったよ…
春輝くん…
オレに手伝えること、ある?」
春輝くんの腕を掴んだ。
でもそれは決して強い力ではなくて、振り払ってしまえば離れるくらいの力で…
無理にとは言わない…頼ってくれるなら、
頼ってほしい。
「…陽向…
俺ね…頼るの下手くそなんだけど、自分から少しでもさ心開いてみなきゃ何も変わらないし…得られないんだなって…
なんかさ、わかってきた。
これも何かの縁かもしんないし…陽向の事は信じてるよ。
でも、
危なくなったら
何が何でも逃げてくれ。
…とりあえずここを出よう。」
掴まれた手と反対の手で俺を引く力は意外と強くて暖かかった。
「俺ね、実は右側の感覚がちょっと鈍いの…
だから、右側にいてくれない?」
それと同時に驚くような言葉を投げかけられた。
学祭の天下一武闘会に出なかったのはそういうところだったんだろうか。
きっと今の話は自分の弱点に近いものを言ってる…よね?…いいのかな?いや、俺をそれだけ信頼してくれたってことだよね。
「右側ね…ん…わかった」
今一度確かめるように俺が口にすると、
「ありがと…陽向…マジでありがとな。」
そう言って嬉しそうに笑っていた。
「ん、どういたしまして」
答えるように優しく笑いかける.
そして、気を引き締めて冷静に
「がんばろ…」と口に出した。
相手がどんなやつかわからないけど、
殺しに来るようであれば気は抜けない。
不意に春輝くんが二階の扉を開け放つ。
「誰もいないな、飛び降りれる?」
…下を見るとそこそこの高さがあった。
「どうかな」急に弱気な声が漏れる。
「無理にとは言わないよ…横にパイプ菅があるし…これ伝って降りれるだろうし」
「うん、まぁ…それならなんとか…」
俺がそう言った瞬間、春輝くんが窓から飛び降りる…その行動にゾッとしたが、軽く着地をして「早く」と言われ我に帰った。
いろんな状況をくぐり抜けてきたんだろうな…凄い…
ッ!?!!!!
ドッと…それは突然の事だった、急な痛みが首の後ろに走る…春輝くんの俺を呼ぶ声が暗闇の中で聞こえた。
何が起きてるんだろう。
銃声と罵声と冷たいコンクリートの手触りだけが残る。
寒い…冷たい……
『…怖い…』
暗闇の中、夢か?現か?
昔の記憶が蘇ってきた…
俺の家は母と二人家族だった。
父が誰かは知らない。
母は話しもしないけどそれでも全然構わないし、気にした事はなかった。
ある時、母に恋人ができて…
恋人は優しいし親切だし、
母が幸せそうにしているのをみていると、
俺も幸せだった。
このまま三人で
新しい家族になるものだと思ってた……
ある寒い日、母がどうしても一日家をあけないといけなくなって
その恋人と俺は2人っきりになった。
母が出掛けた後、
アイツは俺を寒空の下ベランダに放り出した。
……
あの時の俺は、まだ未熟で…
俺自身が邪魔者扱いされたことにも気付けず…
泣いて喚いて中に入れるように頼んだ。
…
次第に体力はどんどん削れて、
声もあげられず、寒さで動けなくなった時、
…死ぬ…のかな。
とぼんやり感じていた。
だんだんと意識も遠くなり、
うつらうつらとしてきた時、
不意に母の顔を思い出した。
死んだら駄目だ。
このまま眠ったら死んでしまう …
意識を失うギリギリのところでどうにかこらえた。
寒さの中、静かに身体を丸めて耐えていると、
遠くから声が聞こえてくる。
暖かい毛布が俺を包むときには、
意識を失ったが後々の話によれば、
不審に思った近隣住人からの通報で
無事助けられたようだった。
恐怖やらトラウマやらで
寒くて暗い場所じゃ眠れないけど、
母の優しさと献身で、
どうにか最近は眠ることができるようになった。
あたたかい格好をして、
日の当たるあたたかい所で、
あたたかい布団にくるまって、
大切な母と眠る …
それだけあれば、俺は寝れる。
でも最近不思議と志騎高では寝れてた。
昼間、みんなの声に安心するんだ。
ここはあたたかい所 …
あたたかいから安心して眠っても大丈夫だって…
そう思わせてくれる学校で、
居心地がいい。
『陽向?!?…陽向!!!』
…あったかい手だなぁ…
そう、この声…眠くなる……
最近あんまり聞けてなくて…
「春輝くん?」
ぼんやりと視界が鮮明になっていくけれど、真っ暗で冷たい世界が広がっていてゾッとした。
体の痛みもあるし、何が起きたのか。
怖い、寒い。
そっと俺の肩を抱くように摩ってくれていたから、
そうか、俺…安心してたのかな。
いつもなら暗かったり寒いところは眠れなくて駄目なんだけれど……
「陽向、大丈夫か?…息してるのに、しゃべんねぇし…」
「うん…ごめん…昔のこと思い出してて…」
俺が喋りだすと春輝くんがそっと離れるものだから、思わず手をつかんでしまった。
「あ…」
弁解する間もなくぎゅっと俺の肩を再び寄せる。
…凄く…あったかいな…
「怖いのか…?…まぁ、人間苦手なことの一つや二つあるだろうし…気にすんな。」
「……ごめん、ありがとう…春輝くんにも…あるの?」
「…俺は…」
ぼんやりと何かを口にしようとするが、
悩んでるようだ「無理に話さなくていいよ」と手を取ると意を決したように口にする。
「俺ねプールがちょっと苦手……あと、水族館」
「……そうなんだ?」
意外な言葉だったけど、暗い声のトーンで本当なんだなって思った…お互いの弱みを知るって、
信頼してる証だろうか。
「…それにしても、ここって?」
暗い話を変えようと疑問を口にすると春輝くんが溜息をついた。
「わかんないんだよね……気付いたら居た…ある程度散策したら鉄の壁しかないって事ぐらい…もう24時間くらいは経つと思う」
「え?」
不意に携帯の画面を見たが真っ黒だ。
電池切れか…春輝くんが俺の携帯の起動ボタンを押す。
「節約してたから点くよ」
「…本当だ…というか携帯没収されるとかなかったんだね」
「気味が悪いんだよな」
確かに…
もし捕まえられてる状況なら…
手持ちに携帯なんてありえない…
ガコッとなにか外れる音がして急に光が差し込んだ。
「眩っ…」
思わず俺が目を閉じると、サッと春輝くんは動いて光の先へ行く、目が慣れないまま後を追いかけると…無数の人が倒れて……
…しん…でる?
「陽向、見るな。」
思わず目隠しをされたが血の匂いに身体中がゾクっとする。
「……いこう」
俺に何も見せないようにと配慮してくれてるが、
思わぬ状況に何が起きてるのか全くわからず混乱していた。
「…陽向…送りたいところだけど…出口見つけたら逃げてくれ」
「いや、一緒に…」
「…この…倒れてる奴らについた傷…見覚えある…多分…俺の親父の仲間だ…助っ人のつもりかもしんねぇけど…」
悔しそうな顔をする春輝くんをじっと見つめた…
何かまだ…俺に出来ることはないのか…
「ありがとう、一緒にいろいろ話せてさ…結構気持ちは落ち着いたし…凄い嬉しかったよ…陽向のことが知れたし………でも、家のことにまで巻き込みたくねぇから」
「…わかった、もう安全なんだよね?」
「あぁ…」
おそらく出口であろう扉を見つける。
外に出る前にもう一度振り向く…
「春輝くん…絶対学校に戻ってきてね?」
「…いくよ、必ず」
いつものような笑みに、どこか安心して外に出る。
…と、
扉を閉められた。
あれ?一緒に来ないの?
…え?
更には目の前に黒いスーツの男達が……なんで?
「君は、春輝さんのお友達…なんですよね?自宅までお送りしましょう」
辺りを見回すと男達の中に、
見たことのある顔を見つけた。
ガッチリとセットされたオールバックに煙草を咥え堂々としたその姿…
「夏月…くん?」
……一体どうなってるんだろうか……
「さぁ、行きましょう」
黒光りする車に乗って、
俺は帰りの道、窓の外を眺めた。
何故だろう秋だから…?
冷たくて虚しいこの感じは…
いや、違う…
どこかあっけなく終わった出来事に、
俺だけじゃない…
春輝くんの悲しい顔が焼きついた。
…一緒に…引っ張ってくればよかったな。
後悔しても遅いけれど…
この虚しさに変な違和感だけが残った…
学校にきたら、また…話したい。
………
陽向、俺はきっといくつかの嘘をついた。
…ごめんな、
今更出てくる“家族”というものに、
また嫌悪感が生まれてくる。
…逃げよう、
…囮みたいにしてごめんな。
正面から出ないで違う抜け道を探し、
排水口からマンホールを渡り、
全く違うルートを駆け抜けた。
………、
もう、組が動き出してるんだったら…
行くしかない…
最後まで、
俺がやり切る。
…この手で終わらせる。
END
………
はい、どうも神条めばるです!
今回は同じクラスの志摩陽向くんのと話になります…
陽向の中の人と今回本当に途中まで、
DMで会話をしながらストーリーを作らせていただきました。
ラストに向かって、
まさかの方向に転がっていくのですが。
本当につい最近この結末が生まれてしまって。
春輝としては、
かなり悲しい話が待ってます。
そんな中でみんながくれた言葉が、
必ず響いてくるんじゃないかなって。
今回、陽向がくれた言葉とかは本当に暖かくて優しいなぁって。
いつも寝てるだけと思ったら、
しっかりこうやっていろんなこと考えてるんですよ、大好きです。
同じクラスだというのもあって、
結構初期から絡んでくれていたし、
何かあれば必ず声をかけてくれるんです。
陽向って普通なら春輝とそんな仲良くなるなんて事ないかなって思うんですね。
でも、徐々に仲良くなって、
お互いの事知っていって、
協力しあって、
いい3年生になれそうだなって、
しかも未来の約束までしています。
お互いなりたいものがハッキリ見えましたね。
春輝が言っていたのも本当の話です。
…陽向はBARをそのまま継ぐのだろうけど、
その常連に将来春輝がなっていたら可愛いよね、そしていつか…いろんなことを飲みの席で話すのかな。
口約束だとしても、
それって生きる意味になるから、
陽向の今回の話は、とっても春輝には意味のある大事なストーリーになりました!
本当にありがとうございました!!!
…この後は残り二つ程コラボストーリーが上がる予定です…
…笑ってまた志騎高に戻れるように。
ではでは、
次もまたちょっと切ない話になりますが…
どうぞお楽しみにー!
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