いる、いる、いる。

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 チャイムを押すと、いつも長い髪の痩せた女の人がお弁当を受け取ってくる。その人はずっしりとした五人前のお弁当を受け取って、長い髪の下から少しだけにんやりと笑うのだ。唇はいつもガサガサに乾いていて紫色で、生きた人間のはずなのに死人のようで気持ち悪いなと思っていた。前髪が長すぎて、目もほとんど確認できないからというのもある。  何より、その人からもうっすらと腐った沼のような臭いがするのだ。しかも、いつも同じ服を着ているように思うのである。白いワイシャツに、茶色のロングスカート。同じ種類の服を何枚も持っていて着回す人もいるとは思うけれど、特に女性が毎日同じ服ばっかり着るなんてことをするものだろうか。  そして、お弁当を渡すといつも同じことを言うのだ。 「悪いことは言わないから、早く帰ってね」  実は、この家については、最初の仕事の前の時にもA社の担当の人から言われていたりするのだ。俺が仕事をするのがB駅周辺だと聞いたら、その人はこの家の場所を示して俺にこう言ったのである。 「ここの、●●っていうお宅な。小さな一軒家に、妙に広い庭があって高い塀があるんだが。……お前絶対、庭は覗くなよ」 「え、どうしてですか?」 「どうしても、だ。いいか、絶対に見るな。それだけは守れ」  何度尋ねても、“この家の庭を見てはいけない理由”を上司は教えてくれなかった。当然、家の人に直接訊くことなどできるはずもない。  気持ち悪いとは思いながらも、駅から近くて配達しやすい場所であるのは確かだ。そもそも、あれだけ高い塀で囲われていては、玄関を突破して庭の方へ回らない限り庭の様子なんか見ることもできないだろう。だから、俺も深くは追求しなかった。あくまで俺は、バイトの配達員でしかないわけだからな。人様の事情に、深くつっこんで訊く権利があるわけでもない。  ただ、わざわざ会社が忠告をしてくるという事実、は少々気にかかるところではある。  家の人も、早く帰れと言った。多分、遠まわしに“庭を見る前に帰れ”ということだったのだろうと思う。それを、わざわざ会社にも連絡したのだろうか。あるいは、前にこの家に配達に来た配達員がトラブルに巻き込まれたことでもあったのだろうか。 ――会社も、あの家の人も。一体、何を隠してるんだ?  この奇妙な隠し事の内容、みんなも気になるだろ?
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