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妙尚寺。私の実家。
「お嬢、おかえりなさい」
「ただいま、英尚君」
出迎えてくれたのは、うちの僧侶の新人君。
新人と言っても大卒だからね。
私よりも年上。
「住職がお待ちですよ」
「りょーかい」
そう返事をした私はパパの部屋を訪ねた。
「住職、お呼びでしょうか?」
「お帰り、真奈。まあ、座りなさい」
パパを住職と呼んだのは、ここがパパの仕事場だから。
こういう所作は幼い頃から徹底して躾られている。
失礼しますと入ってきた英尚君が、
きちんとした作法でお茶を運んでくれた。
「ありがとー」
「いえ」
お礼を言った私に軽く返事を返した英尚君は、
無駄のない動きで静かに退室していく。
「で、どうしたの?」
改めて呼ばれた理由を尋ねれば、
「お前、またアレと関わっているんだって?」
眉尻を下げ不機嫌そうに言ったパパに
何で知ってるんだと、焦った。
パパは坊主のくせして、幽霊の存在を否定している。
だから、私が幽霊と関わることを、嫌う。
でもそれって、幽霊の存在を認めてるってことになると
思うんだけどなぁ……。
まあ、そこは深く追求しない。
だって。面倒くさいじゃん。パパだし。
だからそれを知っているママは絶対パパには報告しない。
「あー、お兄ちゃんか」
「尚真が困ってたぞ?」
「だけどさ、お兄ちゃん、学校で私がちゃんと
北条先生って呼んでるのに、無視するんだよ?」
そうなのだ。
うちのお兄ちゃんは、住職の息子なのに
何故か教育大学へ進み、
夢をかなえたいんだ。とか言って勝手に教員免許を取り、
お兄ちゃんの母校でもある私の通う高校の教師になった。
1か月ほど前に現れた幽霊のしゅーちゃん。
どういうわけか、私の席を自分の席だと思い込んだみたいで
毎日学校へ来ては、私の席で授業を受けていた。
その存在が見えちゃう私は、
何食わぬ顔で自分の席に着くことが出来なくて
お兄ちゃんである「北条先生」に
幽霊に席を取られたから、新しい席を作って欲しいと頼んでいたのだ。
なのに、完全無視されて……。
クラスメイトはまた兄弟喧嘩が始まった。くらいにしか見てないから、
誰も味方になってくれなくてさ。
授業中、席に着かない私を咎める教師がいなかったのも、
お兄ちゃんがあること無いこと言って、先生たちを洗脳しているからだ。
母校にある職員室は、お兄ちゃんにとって恩師の集まり。
その中で新米教師の教え子は、当然パシリ程度の扱いになるはず。
なのに、成績優秀、スポーツ万能の生徒会長が代名詞だったお兄ちゃんは
在学中から職員室の受けがよく、今でもチヤホヤされてるんだ。
前に、「妹には心の病気があって、発作的におかしくなるがそっとしておいてくれ」みたいなことを職員室で言ってるのを聞いたと、友人の沙知絵から聞いた。
異常者扱いしやがって。
沙知絵にはお兄ちゃんの嫌がらせだからと説明したけど
なんだか信じてもらえてないような気も少ししてる。
あの時は本気で
あいつらまとめて成敗してやる!と心の中で誓ったっけ。
私には幼いころから霊感があった。
同じ体質の母はそれを受け入れてくれてるが
父と兄は違った。
私がまだ保育園に通ていたころ、本堂で一人遊びをしていた私は
まるで誰かと一緒にいるように楽しそうにおしゃべりをしながら
遊んでいたらしい。
それをリアルに目撃したお兄ちゃんは、しばらく口もきいてくれなった。
ママのおばあちゃんはイタコをしてたらしく、
その能力は代々女子に強く遺伝しやすいそうだ。
うちはお寺で、そういうのもアリだとクラスメイトたちは変に納得していて。
私が霊とつるんでいると、バレバレな態度になるらしい。
まあ、普通にしゃべっているからね。
兄のように、ただうやむやに霊を恐れている彼らは
そんな状態の私には近づかない。
呪われそうで怖い。んだって。
そんなこと無いのにね。
しゅ-ちゃんの最後の顔をふと思い出し、これで良かったんだと
自分に言い聞かせる。
霊魂のまま現世に滞在するのは、よくないことだから。
「パパ、安心して。
しゅーちゃんはちゃんと成仏したから」
「そっか。ならいいんだ」
心底安心した顔のパパに、私の心はちくんと痛んだ。
「宿題、やってくる」と笑顔をみせて私は部屋を後にした。
明日になれば、私は元の生活に戻り、
教室でも自分の席にためらいなく座れるだろう。
お兄ちゃんやほかの先生方も、クラスメイトも、
そんな私を見て、霊の存在が消えたことを知り、
きっといつも通りに話しかけてくる。
でも、心に空いた小さな隙間。
しゅーちゃんは、もういない。
少しの寂しさに私は、空を仰いだ。
満天の星空。
しゅーちゃん、ちゃんとお星さまになれたかな?
生きてる時に会えてたら、もっといっぱい遊べたのにね。
ハグもいっぱいしてあげれたのに……。
少しの後悔ともどかしさ。
私にはどうすることも出来なかったけど、
天国で笑ってくれてたらいいな。
星空を見ながら、心からそう願った。
完
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