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その90.船の上
朝、大東海には深い霧が立ち込めていた。漁船「シノタカ丸」に
乗り込むのは、私とカズマ青年の他に、サトウ氏、そしてグェン青年の
四人だ。いや、四人ではない。サント・マルスも同行していたので、
四人と一体だ。
サトウ氏は相変わらずカメラを回している。サント・マルスも落ち
着かない様子で、宝玉から出て、海を見つめている。
「何か見えるか?。」「いや・・・何も。」
舳先の上に立って海を眺めているサント・マルスを置いて、私は操舵室の中へ入っていった。私が側にいる様子に気付いたらしく、カズマ青年は
舵をとりながら話し掛けてきた。
「ロニエールさんって、この間テレビに出てた人ッスよね。神様を
復活させるとか言うドキュメンタリーに出てた・・・。」
「・・・あの番組、観てたのか。」
私は苦笑いした。
「それで、ついでに言うとそこにいるサトウさんはその番組のプロ
デューサーだ。」
「それも夕べ聞いてびっくりした。もしかして、それで知り合った、
とか。」
「まあ、そういう事だ。」
霧が深いので船はあまりスピードを出せないと言う。サトウ氏は
「こんなスピードじゃ、大東海のど真ん中に着く前にモーントフィン
スターニスが始まってしまう。何とかならんものか?。」
私も何も言えずにいる。なんとなく立ち上がり、サント・マルスがいる
舳先へと足を伸ばした。
突然あれほどまで深かった霧がさあっと晴れ、太陽もその姿を
のぞかせた。
「カミサマの力、すごいね。」
グェン青年が驚く。「神様か・・・。」
船はスピードを増し、順調に航海し始めた。
「グェン君は、何故ここで漁師の修行をしているの?。自分の国じゃダメなのか?。」
「ボクの家、お金がないからね。倭国だと沢山お金稼げるし、国にお金を送れる。兄弟が沢山いるし、皆にお腹いっぱいごはん食べさせてあげたいから。」
「そうなのか・・・。」
確かに、ピリナムはエイジャン大陸の国の中でも貧富の差が激しい
らしい。ここ数年で都市部は急速に発展を遂げ、経済水準も上昇中だが、地方は未だ貧しい人々が多く暮らしていると聞く。彼もそんな一人
なのだろう。
「それだけじゃない。現役の漁師は高齢化が進む中、若い者は皆安定した仕事に就きたがり、どんどん都会へ出て行ってしまうそうだ。その為
漁師は後継者不足で、やむなく外国人労働者を漁師として雇っているのが現状なそうだ。」
サトウ氏が後ろから声を掛ける。「そうなんですか・・・。」
一見豊かに見えるこの国も、複雑な事情を抱えているのだなと改めて思った。
「ロニエールさん。」「は、はい。」
「あなた、この世界が救えたら何をしたいですか?。」
いきなり質問され、私は戸惑った。正直この惑星を救う事で頭がいっぱいだった為、そんな先のことなど全く考えていなかった。なのでそう
答えると、
「そうですか。私はあなたのドキュメンタリーを作るつもりでいます。」
「私の・・・ですか?。やはり神の力を得てこの惑星を救うから、ですか?。」
「それもありますが・・・。あなたがこの世に生を受けてから与えられた運命というものにとても興味がありましてね。王族という俗世では手の
届かない存在として生を受けながら、王位を手放さなければならなかった過去。静かに余生を送ろうとしていた矢先、再び与えられた過酷な運命。私に言わせればかなりドラマチックですよ。」
「・・・そうですか。それでカメラを・・・。」
ま、好きにしてくれ、と思った。
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