サント・マルスと大陸の覇王 巻の9

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その88.港町  「では、先に行っている。」 出雲神命は八咫烏の上に跨り、私に手招きするので、それに従い私も 八咫烏の上に飛び乗った。すると八咫烏は少し大きく形を変えた。それを見計らってサトウ氏もそれに飛び乗った。八咫烏は大きく助走をつけ 離陸する。下を見下ろすとスズキ大臣が軍のヘリコプターに乗り込む姿が見えた。大きく旋回した八咫烏は南下し、海を越え、目的の島へ辿り ついた。  「来ましたな。」 そこは規模の余り大きくない漁港のようだ。漁は休んでいるらしく幾つもの船が港で停泊している。 「本来であれば今はカツオ漁の真っ最中なのです。しかし、御存知の 通り、大東海から魚を始めとする生物は全て消え失せていまい、漁業を 生業としていた人々は生活できずやむを得ず他の仕事で食いつないでいる状態なのです。ちなみにここは何を隠そう私の田舎でしてね。ギムナ ジウム(中、高等学校)の頃同級生の中に一人、この漁港でカツオ漁の 漁師を生業にしているコウヘイ・シノダという男がいるのですが・・・。」 サトウ氏は説明する。 「先日その事で連絡を取ったのですが、そんな理由で北倭国へ出稼ぎに行っているというので、船を借りる話だけ付けてその後は彼の甥である カズマ・サイトウという人物に頼んでくれる事になったのです。」 「という事は、漁船で大東海へ向かうと言う事ですか?。」 「我が力が使えるのはこの国内のみ。ここまでは協力できるが、後はこの地に残り、エーアデの意思に従って来るべき時に闇の力を押さえ込む まで。それまで生誕の地に戻り、力を蓄える。時が来たら、また 会おう。」 出雲神命はそう言って、再び戻って行った。 「そういう訳で、流石の出雲神命もそこまで移動することは出来ないし、サント・マルスも地脈が通ってなければ大東海まで行く事はできない でしょう。」 サトウ氏はこれからの段取りを一通り説明しながらハンディカメラを取り出した。私はそれを複雑な思いで見ている。それが協力を得る為の条件 だから仕方がないか、と思った。  漁港の町だけあって、崖の上までびっしりと民家が並んでいる。中には酒屋や宿泊施設などもある。その通りをサトウ氏は何かを探して歩いて いるようだ。 「ええと・・・あ、ここだ。」 看板には「大衆食堂 さいとう」と書いてある。ぶら下がっている布を捲って入り口のドアを音を立てて開ける。 「お腹すきませんか?。」「あ、そう言えば・・・。」 今更気付いたが、リュッフェンの自宅を出て以来、何も食事を取って いないし、眠くもない。何日か経過しているはずだがただの一度も空腹も寝不足も尿意も感じなかった。まさか・・・これも神の力なのか?。私はサトウ氏に気付かれぬように苦笑いした。 「ええと、ここに斉藤一馬という人物がいると・・・。」 「ああ、一馬なら出前を届けに行ったぜよ。サボってなけりゃ、間もなく帰ってくると思うがな。」 店の主はこちらを顔を向けただけで後は忙しそうに作業を続けた。 「待たせてもらってる間、何か食べましょう。」 サトウ氏がそう言うと、急に空腹と眠気と尿意が襲ってきた。急いで トイレを借り、席についた途端テーブルにうつ伏せになり眠って しまった。間もなく料理が運ばれてきたらしく、物音で目が覚めた。 「何を注文したらいいか分からないので、適当に頼みましたが、お口に 会うか・・・。」 みるとそこにはライスとズッペとザラート、後はこれは・・・メインの 料理のようなものが皿の中央に乗っている、メインはリュッフェンの家庭料理「シュニッツェル」(肉や魚に小麦粉、溶き卵、パン粉を付けて グリルで焼いた料理)みたいで、どうやらナイフやフォークではなく、 箸で食べるもののようだ。 「とんカツ定食です。お気に召しますかね。」 私はシュニッツェルに噛み付き、一口口に入れた。 「・・・とても美味しいですね。」 空腹だったせいか、私はあっという間に平らげた。間もなくサトウ氏も 食べ終わり、タバコを吸おうとライターを取り出し、火を点けた。 「すみません。そのライターをお借りできますか?。」 「あ、ああ。良かったら差し上げますよ。ガスが半分しかないが、予備もあるので。」 私はライターを受け取り、サント・マルスの宝玉を取り出した。  店に備え付けてあったテレビから、ポーズ音が流れた。何だろうと テレビの方に目を向ける。すると、画面の上の方に「ニュース速報」の テロップが出た。 「・・・の国際放送によると、ゴンドワシアのガルスビアを活動拠点と する反政府組織ジトゥマ・バヤの指導者ア・ザブラ・ジンス氏が無期限の停戦協定を受諾した模様。エルフルトの国際連合理事国本部では急遽確認を急いでいる。」  「信じられない・・・ジトゥマ・バヤはかなり過激的なテロ活動を 行っていると聞いているが、何故、突然・・・?。」 「もしかして・・・最近のニュースをご覧になっていないのですか?。」 「ええ、ここ何日かは・・・。」 「ジトゥマ・バヤだけでなく、他にもキエリスレンコ連邦共和国からの 独立を計るブルラシアなんかもそうですよ。もう何百年も不仲だったあの国が・・・。」  「ただいま!!。やれやれ参ったよ!!。」 入り口を開けて一人の青年が入って来た。 「遅かったじゃないか・・・。どうした。」 店主が尋ねた。 「実はさ・・・公民館の前の一本道のところで車が立ち往生しててさ。 道が塞がれて通れなくて・・・レッカー車が来るまで通れなかったんだ。帰り道だったから出前には差し支えなかったけど、・・・ただ、テレビ 局の車が何台もいてさ。なんかあったの?。」 「さあね・・・。まあ、皿洗いが残ってるからさっさと片付けてくれ。」 「君・・・。」何を思ったかサトウ氏は青年に話し掛けた。 「・・・何ですか?。」「斉藤一馬君・・・だね。」 「えっ・・・ええ、そうですけど。」 「篠田航平という人物から聞いていると思うが、君が篠田の甥御さんか?。」 「は、はい・・・、あ、ひょっとしてテレビ局の人って・・・。」 「話は通じていたようですね。」 サトウ氏はカズマという青年に名前のカードを渡した。  後から来たスズキ内閣総理大臣が、漁港で待っていた。 「ロニエールさん・・・。」 改めて名を呼ばれ、私は背筋を伸ばした。 「他の国の指導者や神々からも同じ事を言われたでしょうが、この惑星の運命は貴方と世界中の守護神、そして惑星エーアデが握っています。 私も倭国国民の一人として、いえ、惑星エーアデに住まう生命の一体と して生きる希望を神々に託します。一緒にこの母なる星を救いま しょう。」 そういって握手を求めてきた。「それから・・・。」 総理大臣は「上」と書かれ、白い紙を折り畳んだもの取り出した。それを開き、中から不思議な形の装飾品らしきものを取り出した。よく見ると 華の国の天空神が見せた陰陽魚のような形をしている。 「これは勾玉と言って、我が国の神様に仕えし方々が儀式や祭事の際に 使うもの、私はこれを貴方に渡す為に預かってきました。お守りと いって、それは我が国では大きな勝負事の前に人の思いが込められて いる物を身に着けていると、悪い運気を寄せ付けないと云われています。気休めかもしれませんが、お持ちになって頂けますか?。」 大臣はまるで大切なものを扱うように白い手袋を嵌めた両手で私に渡した。手にした 瞬間、勾玉が持つ力なのか不思議なパワーを感じとった。
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