サント・マルスと大陸の覇王 巻の9

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その89.静寂の夜  出発は明日となった為、その日はサトウ氏の実家に一泊する事に なった。そこは昔から大きな船主だった為、大きな敷地と部屋が幾つも あるという。使っていない部屋が沢山あるからとサトウ氏の好意で泊めて頂く事になった。サトウ氏の父親は兄弟が沢山いた大家族だった そうだが、父親の世代になると子供の数は少なくなり、今ここの家に いるのはサトウ氏の両親だけだそうだ。サトウ氏の母親は七十代位 だそうだが、慣れた手つきで食事の準備をしてくれる。私が生魚が苦手と過去に話していてくれたせいか、茶色いジャガイモ料理、ザラード、 卵を焼いたようなもの、塩味のピクルス、スシライスに色々な具材が 乗っている料理、肉の揚げ物、後は倭国ビールブランド「キタミ シュヴァルツ」という黒ビールを御馳走になり、そんなひと時を 過ごした。船を出してくれるカズマ青年と、彼と共に漁師見習いで 異国から出稼ぎに来ているグェン・モティというピリナム人の青年も 一緒にサトウ氏の実家に集まった。  夜空を見ながらこれまでの事など色々な出来事が頭に浮かぶ。事の 発端はあの日、後に「イブリスの降臨」と呼ばれるようになる巨大惑星の接近だ。あの当時はまるで他人事のように思っていた事だが、この惑星を救う事がいつの間にか自分の運命になってしまったような気がする。 本来であればこの運命を呪ったり、或いは強いプレッシャーの為精神的に参ってしまうのかもしれなかったが、この身に流れる王族の血なのか、 最後の大陸神の力なのか不思議と怖いとは感じなかった。 「・・・星空ががきれいですね。」 倭酒とグラスを持って、サトウ氏が部屋に入って来た。「そうですね。」 そうだ、倭国民はモーントや星空を眺めて心を落ち着けるという習慣があった。 「そういえば・・・。『イブリス』が大接近する時間は丁度グロッシュモーント(モーントが惑星エーアデに大接近し、モーントが大きく見える現象)らしいですよ。」 「そうなんですか。」 サトウ氏は今度は夜空を指差した。そこにはひときわ大きく光る星が 見える。 「あれが・・・例の惑星、『イブリス』だそうです。つい先日肉眼で 捉える事が出来るようになったとニュースで言ってまして、世界中がその話題で持ちきりです。」 あれが・・・。中央大陸神話に登場する『天から降って来て、世界を破滅させる』と云われた世界を滅ぼす使命を受けた邪神、なのか・・・。 私は息を呑んだ。  「おっ・・・早速着たか・・・。」 サトウ氏はテーブルの上に置いた端末機を取った。操作するとそこに ワンセグの画像が映った。更に操作し、その画像を私に見せた。 「・・・パパ。」 娘の姿が映っている。 「驚いたでしょう。実はサプライズで奥様に連絡を取って、ロニエール さんと通信して頂く段取りを付けていたんですよ。」 私は画像を食い入るように見つめた。 「パパ。私は元気だよ、ママもね。この惑星を救ったら家に帰って くるんだよね。それまで待っているから、パパもサント・マルスも 頑張ってね。頑張って、この惑星を守ってね。じゃ、元気でね。」 短いメッセージだったが、その言葉の中にある娘の思いを全て読み 取れた気がし、涙が流れそうになった。そう、娘の未来を守る為、 この「作戦」に全てを賭ける。
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