夫の日常

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夫の日常

俺の起きる時間は特に決まっていない。 仕事の入り時間がマチマチなので、出来れば限界まで寝ていたい。 というのもあるけれど。 妻の抜け殻となったタオルケットを、少しでも長く抱きしめていたい、というのが本音かもしれない。 毎朝、隣を見ると妻の姿はないのだ。 仕方がないけど、少し寂しい。 洗顔と歯磨きを終え、ラフな格好のまま、迎えの車に乗り込む。 帽子、マスク、サングラスは必需品。 車内でグレープフルーツジュースを飲みながら新聞に目を通していると、現場に到着したようだ。 各所に挨拶して回り、仕事仲間のいる部屋へと向かう。 今日は打ち合わせとリハーサル。 佳境に入っているのでみんな熱がこもっている。 あーでもない、こーでもないと意見を出し合い、それをまとめるのが俺の役割、かな? ――― 休憩中、必ず聞かれることがある。 『昨日は嫁ちゃんに会えたの?』 「会うっつーか…もうずっと寝顔しか見てねーよ!毎日聞いてくんなよ!」 みんながニヤニヤしながら俺を見てくる。 「でも寝顔は毎日見れるんでしょ?」 「毎日隣で寝られるし」 「やっぱり起きてる時に会いたいよねぇ〜?」 ニヤニヤしながら、口々に好き勝手な事を言ってくる。 みんな分かってるんだ、俺が不満に思ってることを。 だから面白がって毎日毎日同じこと聞いてくるんだ。 だけどさぁ…。 「俺は嫁と会話がしたいんだよぉ!!」 この仲間だから言える、俺の本音。 妻が起きてる時間に帰りたい。 アイツ子供みたいに早寝なんだわ、朝早いから仕方ねぇんだけどさ? こう…毎日寝顔と抜け殻だけじゃ、やっぱ寂しいじゃん。 「おい、そろそろスタッフ入ってくるからこの話終わりな」 仲間の1人が制止する。 そしてまた、何事も無かったように、仕事の打ち合わせが再開していった。 ――― 街が闇に包まれた頃、俺の仕事は終わった。 時刻は24時を過ぎている。 今日もダメだったか。 仕方ない、追い込みなんだから、どれだけ時間があっても足りないくらいなんだから。 そう言い聞かせながら帰りの車に乗り込む。 途中、コンビニでビールとキムチ、そしてプリンを買った。 プリンは妻の好物だ。 冷蔵庫に張り紙しといてやろ〜っと。 マスク越しでもニヤニヤしていたのかもしれない。 『あれって…』 『ねぇ、そうじゃない?』 …やばい、気付かれたか? 俺は急いで車に戻り家路を急いだ。 玄関をそっと開けると、自動で電気が付いて出迎えてくれる。 いつもありがとう。ただいま。 相変わらず暗いリビング。 俺は荷物を置いて、真っ先に寝室へと向かった。 すー…すー…。 やっぱり寝てる。 俺は妻を起こさないよう、こっそりほっぺにただいまのキスをする。 さぁ!風呂入って酒飲んで寝るか!!
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