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妻の日常
私の朝は早い。
午前4時、隣で眠る夫を起こさぬようこっそりほっぺにおはようのキスをして、静かに布団を出る。
適当に身支度を済ませたら、メイク道具と着替えを忘れずに持って玄関を出る。
車で30分の職場。
私はある病院の厨房で、栄養士として働いている。
本来なら日勤が主なのだが、時々朝番が入ると暗いうちからみんなで病院の朝ごはんを作っている。
調理師、盛り付け係、栄養士、みんな慌ただしく動き、冬でも暑いくらい。
それが、私の職場。
―――
朝番だと退勤も早く、15時には大抵仕事が終わる。
まだ明るいからといって残業をしてしまうと、始業が早い分とてつもない残業時間が発生してしまうから、ここはきちんと早く帰るのがルール。
32歳、独身、彼氏ナシ。
周りの声がうるさいのなんの…。
『早く彼氏作りなさいよ』
『すっぴんなんてもったいない』
『結婚しなきゃ』
うるさいので聞き流す。
加えて、実家暮らしで車通勤。
日勤の時は電車通勤だけど、朝番があるから車は必須は仕方がない。
ちなみに、私はワインレッドのMINIで通勤している。
これまた周りがうるさいのなんの…。
『職場近くに一人暮らしすればいいのに』
『MINIなんて生意気』
『金持ちのお嬢さま』
『いい歳した箱入り娘』
散々な言われようだが、もう慣れた。
気にしないことが一番。
更衣室で朝着てきたのとは別の、シンプルなワンピースに着替え、軽く髪を整える。
『ほらぁ、私服はかわいいんだから』
『さっさと結婚しなさいよ!』
黙って身支度を整えたら、ニッコリ笑い、
「お疲れ様でした〜!」
と職場を後にする。
ほんと、毎日毎日うんざりだわ。
そんなに人のプライベートに口出しするのが楽しいのかしら。
…気になる気持ちは分からなくもないけどさ。
―――
マンションの地下駐車場。
薄暗い車内でライトを頼りに、最低限のメイクを済ます。
暗がりで色々やると失敗するので、ファンデと眉毛とチークとリップ、毎回これで乗り切っている。
ふうっ!と気合いを入れて、ローヒールのパンプスをカツカツ鳴らさないように気を付けながら、ロビーへと向かう。
とても明るくきらびやかなロビーの真ん中にはコンシェルジュの男性が2人。
努めて上品に「御村です」と静かに名乗り、紙袋に入った郵便物を受け取ると、そそくさとエレベーターに乗り込む。
実は私…この高級マンションの15階に住んでいる。
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