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見なさい、黒谷。
トントンという丁寧なノックがドアから響く。私の部屋に用事がある人物なんて、数人しかいない。それでも息を飲んで、次の言葉を待った。
「お嬢様、黒谷です」
待ちわびた来客に心を弾ませる。黒谷は執事だから、来客とは言わないかもしれないけどね。私は準備をすぐに終わらせて、ソファに横たわった。
「入りなさい」
ほぼ同い年なのに私のことをそばで見守ってくれた黒谷。その全貌が、少しずつ見えてくる。この瞬間がたまらなく好きだ。銀フレームのメガネに、黒い執事服をぴっちりと着こなし、オールバックの頭。胸元のポケットからは、私が昔プレゼントした紫のハンカチが覗いていた。
黒谷は歩きタブレットをしながら私の部屋に入ってきて
「お嬢様、この後の食事会に旦那様がご出席にな──」
ソファに横たわった私の格好を見た瞬間、全速力でドアに向かって走った。
ガチャガチャとドアノブをひねる黒谷に私はぷぅーと笑った。
「そこのドア、オートロックに変えたって知ってるでしょ。私しか開けられないわよ」
「ああ、そうでした! 内側からかける意味が分かりませんがね! いやそんなことよりお嬢様、なんて格好をしているんですか!」
「何って……水着じゃない」
私が着ている水着は、いわゆるビキニというやつだ。上下を黒でそろえ、フリルと白いパールがあしらわれた上等なもの。下についたフリルをヒラヒラとふる。
「今度お友達と沖縄に行くでしょ。それで試着してたの。私、もう一人で着替えられるんだから」
あくまですっとぼけたフリをする。ドアが開けられないと悟った黒谷は私から目をそらしながら説教をはじめた。
「ご成長は嬉しいですが私の言い分を聞いてください! なぜ私に入室の許可を出したんです!」
「だって黒谷に見て欲しかったんだもの」
私はソファからゆっくり立ち上がった。黒谷は一歩後ずさる。
「な、何を……」
「ねえ、似合ってる?」
ニヤけそうな頬を必死におさえて黒谷に歩み寄る。胸の下側に腕を添えて、持ち上げてみた。
「お、おじょうさま……」
どんどん赤くなっていく黒谷が可愛くて、愛おしくて、たまらない。黒谷はいよいよタブレットを持たない手で自分の顔を覆い隠した。
「そ、そんなに……肌をお見せになられると、おかしな虫がつきますので、お控え下さい」
「黒谷はそのおかしな虫になってくれないの?」
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