第1話「動き出した運命」

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第1話「動き出した運命」

《ザアアアアアアアァァァァァ》  その夜――ラインド大陸は災いの渦中(かちゅう)にあった。  縦横無尽に吹き荒れる風、弾丸の如く降り注ぐ雨。激しく翻弄される木々、無惨に削られる大地。  空を覆い尽くした黒雲が(もたら)す完全なる闇の中、狂気的擾乱(じょうらん)が破壊と蹂躙(じゅうりん)の限りを尽くしていた。  ……。  如何(いか)なる者にも容赦しない自然の猛威――嵐が、今この地に訪れているのだ。  ◆ ラインド大陸・東部 ◆  大陸全土を襲う――この未曾有(みぞう)の豪雨。  物語始まりの舞台であるここラインド大陸東の地も、大きな被害を受けていた。  川という川は氾濫し、脆弱(ぜいじゃく)なる木々は()ぎ倒され、あらゆるものが宙を舞い、何処かへと消えてゆく。  その光景は、まさに混沌。  踏み荒らされ、流され……、あらゆるものがその姿を変えさせられていく。  今ここには、静寂も、平和も無い。  故に何が起きても、始まっても、おかしくはなかった。  ◆ 赤い城 ◆  混乱の中に、悠然(ゆうぜん)(そび)え立つ城――アグニス・ランパード城。  運命は、今宵(こよい)この城で起こるとある事件をきっかけに、大きく動き出すことになる。  《ザアアアアアアアァァァァァ》  「…………。」  叩き付ける雨風の音(わずら)わしく、男は鬱陶(うっとう)しげに窓の外を一瞥(いちべつ)した。  予報によると、明け方近くまでこの状態が続くという。  「はぁ……。」  大して気にならないと高を括っていたが、案外気が散るものだと嘆息(たんそく)する。  しかし、今更場所を変えたくはなかった。  男はそのまま作業を続行する。  《ザアアアアアアアァァァァァ!》  だが、自然のオーケストラはより勢いを強め、絶え間なく雑音を届けてくる。  《ゴオオオォォォオオオン!!》  遂には雷まで加わってきた。  「…………。」  しかしそれでも、男は構わず、黙々と作業を続けた。幾度となく集中を乱されようと、ミスをしようと、決して休まずパソコンのキーボードを打ち続けた。  その様子は、何処か不気味であった。  それ以上を(うかが)い知ることは誰にもできない。  この男の名は――アグニス・ランパード。そう、彼こそが、ここラインド大陸東の地を治める王――そして魔科学者としても活躍する稀代(きだい)の天才である。  頭からは黄色い角を生やし、皮膚は赤く、後はデフォルメされた蜥蜴(とかげ)のような姿をしているが、化け物ではない。この星では、彼のような種族はラド族と呼ばれている。  《シュウゥゥン》  数十分後、長い作業を終えたアグニスは、パソコンの電源を落とし、部屋を後にした。  尋常ではない多忙な日々。今日も作業を終える頃には日が変わっていた。  しかしながら、彼の表情に疲れの色は無い。ラド族は基本的に体力が多いのだ。疲弊(ひへい)すると頭部の角が変色するが、彼のそれにまだ異常は見られない。  「やぁ、見回り御苦労。」  寝室に向かうアグニスは、廊下で警備中の兵士(ラド族)に声を掛けた。  「はっ! 異常無しであります!   今日もこんな遅くまでお仕事ですか?」  「あぁ、どうしても片付けておきたくてな。」  経歴だけではなく、高貴さを感じさせない友好的な性格も、多くの民の好感を得ている。  彼がいれば、もう二度とは起きないと、誰もが信じていた。  「ふー……。」  寝室に入ったアグニスは、ベッドに横たわり、五日ぶりの休息を取らんとする。  幾ら疲れにくい身体とはいえ、休める時に休んでおくことは大切だ。  しかし、今日に限っては――その判断は(あやま)ちだったのかもしれない。  ◆ アグニス城近隣・リンゴの森・ケロタンの家 ◆  同時刻――半球状の窓から外の様子を眺める一人のロッグ族がいた。  彼の名は――ケロタン。ここリンゴの森に自分の姿を模した家を建て暮らしている変わり者である。  その姿は、何とも形容し難い。体が丸と棒のみで構成されていて、棒人間のような姿と言うべきか……、蛙をイメージできるのだが、それもまた適当ではない。  (何か……良くないことが起きなきゃいいが……。)  彼はボタンを押し、窓を隠すと、ベッドに横たわった。  勘の鋭い彼は、この時感じていたのかもしれない。    闇に紛れて迫る、巨大な悪意を――。
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