今日でさよなら

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 恋を喪くした男の常で、ぼくは美香との日々を反芻しながら呆けた抜け殻の様な毎日を送る事になった。仕事のミスが増え、約束を忘れ、酒の量が増えた。  今でも美香の「たっくん」と呼ぶ、囁くような声が耳元に残っている。  あの恋は何だったのか。ぼくは本当に遊ばれたのではなかったのか。ぼく以外の連中の壮絶な最期はあったのか、無かったのか。  そして一番の謎である『彼』の存在。どんな男性をも凌駕して美香を我が物のように従える『彼』とは何者なのだろう。  ぼくは美香との出会いからを、振り返ってみる事にした。どこかに、『彼』の存在が見えてはいなかったか。見過ごしてしまっていただけではないか。  美香が好きだったアブソルート・ウォッカをショットグラスでちびちびと飲りながら、彼女がぼくに返してきた合鍵の化粧箱を見つめて、徒労と知りつつぼくは回想に没頭した。
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