今日でさよなら

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 まったくその通りで、ぼくは美香に心を許していたし、ずっと部屋に居てくれたって構わなかった。彼女と過ごす時間は快適だった。  一緒に居る時間の中で、彼女は誰かの事を悪く言ったり、自分の境遇について嘆くという事が無かった。いつも彼女の周りだけ少し明るくなっているような、そんな女性だった。  ぼくの部屋にやって来るようになっても、美香は自分の私物を持ち込んだりする事は無かった。ぼくの生活を大切にしてくれているようにも思えたし、どこか距離をとっていたのかもしれない。だから不意に別れを切り出されても、美香にとって困るような事は無かった。綺麗なワインレッドのストールと、ぼくが居ない間に読んでいたであろうハードカバーが一冊、残っているだけだ。ストールはふんわりと畳まれていて、触れる事を拒んでいるようにも見えて、ぼくは彼女が置いていったままにしていた。  ハードカバーの方は、手に取った事がある。
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