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ぼくは動揺して言っている事とやっている事がちぐはぐになってしまって、口ではそう言いながら、手は差し出された小箱を開けていた。
そこには、ふた月ほど前に彼女に渡したぼくの部屋の合鍵が、本当にお菓子の様に入れられていた。センサーキーの尖端が見知らぬ刃物のように鈍く光った。
「だから、お返しします」
美香は姿勢を正し、膝の辺りに手をやって頭を下げた。
「いやいやいや」
ぼくは事の成り行きが分からず、そんな言葉しか吐き出せなかった。
「好きよ、たっくんの事。でもごめんね。もう逢えないの」
顔を上げた美香は子犬が鼻を鳴らす時のような愛くるしい表情で、更に残酷にぼくに切りつけてきた。
美香はぼくより十歳は下だった。それでもぼくの事をいつも「たっくん」と呼んだ。
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