今日でさよなら

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「あぁ、俺の書斎の鍵さ。女が置いていった。別れる気になったら置いてってくれ。俺が言ったのを守ったのさ」  マスターは応えず、手元の空のグラスを磨きながら、穏やかな表情で男性を見ていた。 「あの、」  ぼくは思わず男性に話しかけていた。  男性がまたぼくを見た。笑顔ではあるが、やはり淋しそうに感じた。 「その女性、どんなひとでした?」 「いい女でしたよ。でもこれを飲んだら、忘れます。これで終わり、ってね」 「忘れられますか?」  ぼくは言いすがった。この男性が『彼』なのか。そしてその『彼』もまた、美香を掴まえておけなかったのか。 「恋ってのは酒みたいなもんでしょう。飲んでいるうちはいい気分になる。夢を見る。けれど確実に無くなっていく。いつかは終わる。だから無理にでも区切りをつけて忘れる。こうやってね」  男性はそう言い、XYZをふた口で飲み干した。そして鍵を箱に収った。
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