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ちょっと掠れ気味の中低音の声で、「たっくん」と呼ばれるのは、ぼく位の年齢になるとくすぐったかったものだがそれも最初のうちだけで、慣れてくるとこの上なく気持ちよい響きだった。何でも赦してあげたくなるような、そんな魔法の呪文だった。
順風満帆に見えたぼくと美香の間に何が起こったというのか。いや、そもそも『彼』とは誰なのか。ぼく以外にも美香は誰かとつき合っていたのだろうか。俗に言う二股をかけられていたという、間抜けな話なのだろうか。
「新しく好きな人が出来たって事?」
ぼくは違う方面で食い下がった。
美香はぶるぶると首を横に振る。髪が揺れて、いい香りが漂ってくる。
「彼と付き合い始めたのは、たっくんよりずっと前なの。ずっとずっと前から好き」
何か野太い棒の様なもので後頭部を殴られた感覚があった。
「ずっとずっと前から?」
「そう。ずっとずっと前から、好き」
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