今日でさよなら

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「たっくんらしく無いよ」  美香は困った顔を崩さない。  自分が責められているような気がして、ぼくは俯いた。すると美香が駆け寄り、ぼくの身体をふわりと抱いた。甘くていい薫りが濃くなり、鼻腔を衝いた。ぼくも美香の身体をそっと抱いた。 「ありがとう。たっくん」  美香の囁き声が脳に直接響くように聞こえた。慈愛の籠った、染み入る様な言葉だった。 「あたしの事は、もう忘れて」  とびきりの殺し文句を残して、美香は坂道を駆け下って行った。こういうシチュエーションを経験している人には分かると思うが、残された方は大層決まりが悪いもので、ぼくは方々からの視線を感じてしゅんと俯くばかりだった。  恋人達がみな楽しそうに歩いている夜の街にぼくは取り残された。
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