(02)へるまふろでとす

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 部屋の外に押し出した与晴をその場に座らせ、 誰もいないことを確認後自らもその場にしゃがんで彼を気遣った。 「与、大丈夫? 吐きそう? 目眩する?」  顔を上げた与晴は目を見開き自分の顔を見て固まった。 「……どうした?」 「あ、いえ。すみません。元の先輩が見えた気がして……」  よくわからないことを言われ、一気に不安になった。 「……ヤバいよそれ。……外で新鮮な空気吸って来たほうがいい」  しかし与晴は従わなかった。 「大丈夫です。まだ検視途中ですよね。戻りましょう。すみません邪魔して」  立ち上がり処置室に戻ろうとする彼の腕をつばさは掴んで止めた。 「だめ。ここで待ってなさい」  まだ従おうとしない部下に、つばさは一方的に命じた。 「与、ステイ」  不満たらたらな表情ながらも命令に従った。  その姿は頑固な実家の紀州犬によく似ていた。 つばさは吹き出しかけたがグッと堪え、処置室に戻った。 「失礼しました」 「大丈夫? 佐藤君」 「はい。後でしっかりケアしときます」 「お願いね」 「開腹部分、見せてもらってもいいですか?」 「どうぞ。ここね」  へその下から縦に切られ、縫った跡が生々しい。 「……猟奇殺人の可能性は?」 「……俺ももしかしてお腹の胎児を取り出したのかって、ゾッとしたけど、 帝王切開の切り方じゃないし、傷の大きさからそれはないと思う。 ただ見ようとしたのかもしれないよ、どうなってるのかって」  男なのか女なのか判別が難しい身体を見て、好奇心で解剖を試みたというのだろうか。  つばさの背筋が凍った。  自分もあの時、正体を偽らず入院加療の道を選んでいたら、 最後はこうなっていたかもしれない。  恐怖を感じたがその気持ちを振り切って、仕事の話を澤田と続けた。 「明日法医学の先生に見てもらう約束は取れてる」  今日の進展はこれ以上は無さそうだ。 「明日また来ても良いですか?」 「うん。10時の約束だからその時間に来てくれれば」 「ありがとうございます! では失礼します!」  自分のことより、目の前の仏より、置いてきた相棒が心配だった。
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