(03)菫

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 夜十時、つばさは三宅に報告を終え与晴と帰宅の途についていた。  二人が本格的に動くのは明日、明後日から。  車内でも二人は仕事の話をしていたが、ふと思いつき頼んだ。 「現場に寄ってもらってもいい?」 「わかりました」  一度来ている与晴に一任すると、彼は橋の近くで車を停めた。 車を降り現場まで歩きながら周囲を確認する。  下調べの通り、周囲に防犯カメラは見当たらない。  人通りも多く無い。  現場に到着すると二人は規制線の外で手を合わせた。  つばさは自分たちを離れたところで伺う人の気配に気付いていた。 「……気づいた?」  相棒に低く小さく伺う。 「……はい。職質行かせてください」 「……頼んだ。わたしは裏からまわる」  与晴が密かに近づいてきたと知るや否や、怪しい人物は走って逃げ出した。 「待ちなさい!」  与晴は走って追いかける。  挟み撃ちにすべくつばさも走る。  相手の体力はなかったらしい。すぐ追いついた。 「はい、止まってください」  つばさが警察手帳を掲げて通せんぼすると、逃げた人物はその場に崩れ落ちた。  酷く息が上がっている。  顔を見ると、六十代くらいの男性。 つばさがしゃがみ込んで目線を合わせて彼に話し掛ける。 「なんで逃げたんです?」 「……お巡りが苦手でね」  身形と言動でなんとなくその理由と、彼の生き様を察したが、つばさは遠回しに聞いた。 「おとうさん、お住まいは?」 「あっちの橋の下」  遺体遺棄現場より下流の橋を彼は指差した。想像通りだった。 「我々と少しお話しってできます?」  男性はつばさと与晴を一瞥したあと承諾した。 「いいよ。にいちゃんたちは他のお巡りと違って、話ができそうだ」  つばさは与晴に指示した。 「……飲み物買ってきて貰える?」  すぐさま男性が言う。 「……俺は酒がいいなぁ」  つばさは冷たい笑顔で返す。 「すみません。酒は買えないんですよねー。与、行かなくていいよ」  それがどうやら怖かったらしい。 「……お茶でいいです」  男性は引き下がった。 「……何か食べ物もついでに買ってきて」  つばさは与晴に耳打ちし、お金を手渡した。 「……くれぐれもお気をつけて。すぐに戻ります」 「……わかった。与も気をつけて」
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