(03)菫

9/9
前へ
/332ページ
次へ
 エレベーターの扉が閉まると、与晴がすぐに梅村に声を掛けた。  彼も気になっていたらしい。 「……社長さんと喧嘩したの?」  すると彼は不貞腐れた様子で答えた。 「……うん。でも俺は悪くない」  優秀な秘書に見えたが、社長と喧嘩をするとは……   また社外の人間に言ってしまうとは……  つばさはクスッと笑ってしまった。  梅村は顔を伏せ恐縮した。  そんな様子がこれまた可愛いくてとうとう言ってしまった。 「可愛い……」  梅村の顔が真っ赤になるのと同時に、与晴が聞こえよがしに咳払いした。 「ごめんなさい……」  つばさはすぐ謝った。  エレベーターはすぐ一階へ着き、玄関まで送ってもらった。  頭を切り替えて、梅村に挨拶した。 「ありがとうございました。ではこれにて失礼します」 「御足労いただきありがとうございました」  丁寧に礼儀正しく接してくれた。 「またね、与晴」  同い年の友達にはニコッとして手を振る様子がまた可愛いかった。  車に乗り込むと、何故か隣の相棒は眉間にシワを寄せて首を傾げていた。 「ん? 与、どうした?」 「……すみません、車出しますね」  運転中、つばさは彼の話に耳を傾ける。 「……先輩が梅村のこと笑って、可愛いって言ったとき、なんでかムカッとしました。 すみません大人気なくて」  あの咳払いだろう。やはり友達のことだから気に触ったのだろうか。 「……ごめん。あれは失礼だった」 「いえ、上司と喧嘩して不貞腐れてるのはまるで子どもですし、 梅村が可愛いのは分かるんですけど……」 「分かるんかい……」  ひょっとしたら弟みたいに思っているのかもしれない。 「なんだろ……」  何が気に入らないのか、気になるのか。  自分を客観視し、自己分析するのは大事だ。  彼は彼なりの回答を出したらしい。 「多分ですけど、俺、自分で自分のことがわからない自分に腹が立ってました。 すみません、まとまってない話して」 「ううん。気にしないで……」  何を言っているかよく分からない相棒をつばさはスルーした。
/332ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加