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三日後の夜、つばさは署の男子トイレで嘔吐していた。
その背を心配そうに相棒が黙って摩る。
こんな姿を彼に見られたくない。
一人になりたい。
「……仕事に戻りなさい。すぐ行くから」
しかし、与晴は離れてくれなかった。
「……先輩を一人には出来ません」
その声が震えている。見られたくないどころでは無い。この姿を彼に見せてはいけない。
「わかった…… 行こう」
しかし言ったそばから、また吐いた。
もうとっくに胃液しか出てこないのに。
「仕事はもう無理です。仮眠室で寝ててください」
つばさは自分自身の弱さに苛立ちを覚えつつ、彼の言うことは尤もだと受け入れることにした。
「……わかった。今日は署に泊まる。
与は仕事に戻ってキリがついたらちゃんと寮に帰って寝なさい」
しかし彼から返事がない。かなり動揺しているのが目に見えて分かる。
笑って与晴の頭をぐしゃぐしゃっとした。
「……オレは大丈夫だ。そんな顔するな」
彼の目に薄らと涙が浮かんでいる。
不味い。
しかし彼は自ら踏みとどまった。
「……分かりました。戻ります。ちゃんと寝てくださいね」
彼と別れ更衣室で着替える最中、つばさはまたまた嘔吐いた。
未だに貧相な自分の身体を見たせいかもしれない。
しかしもう何も出なかった。
誰もいない仮眠室の布団に横になると、すぐ睡魔に襲われた。精神同様体力も消耗していたらしい。抗いはしなかった。
ノックの音で目が覚めた。どれくらい寝たのだろう。
部屋の時計を見ると、22時を過ぎていた。
「……与?」
身を起こし見てみれば、部屋に入って来たのは茂山だった。
彼はつばさの布団の横に正座した。
「本当に申し訳ありませんでした……」
彼は手を着き頭を下げた。
「……茂のせいじゃない。与晴がなんか言った?」
「……思いっきり怒鳴られました」
彼が怒鳴ることは滅多にない。やはり心が乱れている。自分のせいで。
「……ごめん、わたしから謝っておく。与には後で注意しとく」
もしかするとケアも必要かもしれない。
つばさは話題を変えた。
「……今、どんな状況?」
「……班長と姐さんが署長に報告した」
「……オレのことは?」
「……言うわけない。安心して。
あ、署長から伝言。無理せずゆっくり休めって」
井上の話を思い出したが、まだ信じられない。
「……やっぱりあの人、オレの正体怪しんでカマかけてるんじゃないのかな?」
「そうは見えなかったけどね、本当に心配そうにしてたから。
……まぁ、不気味だわね」
「……そう。気持ち悪い」
二人で笑った。
「……じゃ、俺仕事に戻るから、寝てなね。
キリついたら与晴連れて帰るわ」
「ありがとう。よろしく」
「じゃ、お休み」
来た時よりも表情が明るくなった同期を見送ると、つばさは再び横になり、
数時間前のことを思い起こし始めた。
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