(05)焦りは禁物

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「……黒に近いです」  池辺は挨拶もそこそこにつばさに写真を見せた。 和義と唯梅がホテルに入る様子、ホテルから出てきた様子。  お互いスーツ姿。仕事帰りということだろうか。 「所謂ラブホ、ではなく高級なホテルで……  また、滞在時間が一時間未満なので不貞の証拠としての使用が難しいです。 しかし、これが週に三回ありました」  覚悟はしていたが、頭が真っ白になった。  池辺は何も言わずつばさを注意深く見守った。 彼女は黙ったまま写真を一枚手に取った。  そして、写真の中の唯梅の顔を指で隠し、和義の顔をもう片方の手で撫ではじめた。  静かに彼女の次の行動を待った。 「池辺さん……」  突然つばさは口を開いた。目はまだ写真を見たまま。 「……はい」 「知り合いの女性ジャーナリストに、池辺さんの連絡先を教えました。 勝手な上に事後報告で申し訳ありません」  努めて冷静に自然に返事をする。 「お気になさらず。マスコミさんとのコネも欲しかったので、ありがたいです。連絡お待ちしています」 「……彼女には、この女を探って貰ってます」  『この女』という声音に、怨念が籠っている。  そして彼女は表情こそ穏やかだったが、写真に爪を立てていた。  心が落ち着きを取り戻すのを待つしかない。  突然つばさは顔を上げて言った。 「……そういえば、わたし、元に戻れるかもしれません」  池辺は微笑んでいる彼女に合わせつつ、しっかり忠告した。 「そうなんですね。それは本当に良かった。 ……でも、繰り返しになりますが、 絶対にお一人では、宮田さんのところに行かないでくださいね」 「……はい。分かっています」  その言葉を信じはしない。  殴り込んで行った男女を今まで何度見てきたことか。  池辺は様子を見ながら仕事の話に戻した。 「……こちら、今後の調査はいかがしますか?」 「……少し考えさせて貰えますか?」  元の姿に戻ったらすぐに自分で確かめに行くに違いない。警察官であり刑事だ。間違いない。 しかし、かなり危険だ。  今までの経験からどうすべきか、考えを巡らせた。  今一番彼女の近くにいる人物に頼るしかない。  彼女の相棒しかいない。 「……かしこまりました。 ではいったんここまでで請求させて貰ってもよろしいですか?」 「はい。お願いします」  書類を用意しながら世間話の体で聞いた。 「今日はおひとりですか?」 「佐藤を車で待たせています。一人で出歩くなとうるさくて……」  苦笑しつつもその表情は穏やかだ。 やはり任せられるのは彼しかいない。 「優秀なボディーガードさんですね。よろしくお伝えください!」  つばさに書類を書かせる間、大急ぎで与晴にメッセージを打ち祈るように送った。 「……では請求書を作りますので、後ほどメールにて送付いたします」 「はい。よろしくお願いします」  つばさと店の前で別れ、彼女の後ろ姿を見守っていると返事が来た。  文間を読んでくれただろうか。こちらの意図を汲み取ってくれただろうか。  恐る恐る確認した後、胸を撫で下ろした。 『ありがとうございます。必ず守ります』
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