(05)焦りは禁物

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 駐車場に停めた車の中で、与晴は溜まったメールやメッセージの確認をスマホでしていた。 「……合コン? 行かないよー……」  所轄勤務の同期からだ。数合わせ。 忙しすぎてそれどころではない。  既読スルー。 「もう健康診断の時期か……」  こちらも仕事が忙しいし、病院はいつまで経っても苦手だからできる限り行きたくはない。  返信期日を確認し、返事を保留した。  突然、井上から電話がきた。 「お疲れ様です。はい。確認ありがとうございます。……はい。分かりました。 その件は明日改めて報告します。はい。失礼します」  電話を切った後、何やら新着メッセージを受け取った、探偵の池辺からだ。  開けてみる。 『突然申し訳ありません。 小野さんを絶対に一人にしないでください。 「彼女」を守ってください。お願いします』 「……は?」  一回読んだだけではわからない内容。 続きがあるのかと思い、すこし待ってはみたが来る気配がない。  これが全てだ。  メッセージを解読し、送り主の真意を汲み取ろうとした。  「彼女」  わざわざカギ括弧で括ってある。これは“彼”の誤植とは思えない。  この意味は、小野雄翼の正体が女だと知っているということかもしれない。  だとすれば、どうして知った?  つばさ本人から聞いた? もしくは本人が話した? LOTUSから漏れた?  いや、最後は違うだろう。  機密保持の契約書を交わしているし、警察(こちら)LOTUS(あちら)に貸しがある。  本人が話したと仮定しよう。  しかし、なぜ池辺に打ち明ける必要があった?  彼の仕事は探偵だ。  得意分野は確か、不貞調査……  与晴の頭の中で繋がった。  婚約者宮田和義の調査を個人的に彼に頼んだのかもしれない。  そして望ましくない結果が出たのかもしれない。  そうとすれば不貞の相手は、伊東唯梅だろう。  突如、自分でも驚く程の猛烈な怒りを覚えた。  目を閉じ深呼吸してその激しい感情を抑えようとした。  まだ憶測だ。確定じゃない。  ペットボトルの水を飲み、再度メッセージに注目する。  "一人にしないでください"  この意味を考える。  まず安易に想定できるのは、彼女は刑事故に自分の目と足で不貞の証拠を掴もうとするだろうということ。これは刑事の性だ。  しかし、これは半分仕事で半分プライベートだ。  もしかすると、個人としての感情で動いてしまうかもしれない。  途端に不安に駆られた。  本当に浮気していたら?  心がもう他の女に移っていたら?  あっちの女が出しゃばってきたら?  どうすればいい?  上司は自分から見ると、どうも男女の機微に疎いというか、 なんとなくズレているように感じる。  だからこそ、女としての彼女がどんな行動に出るか全く分からない。  部下として、相棒として、後輩として、自分はどうすればいい?  誰にも聞けない。相談できない。 全てを自分で考え判断し行動しなければならない。  しかし、これ以上今この場で悩んでも仕方がない。  池辺に短く返事をした。 『ありがとうございます。必ず守ります』  未だに残る自分の心の傷にそっと寄り添ってくれる、 優しい先輩で上司で相棒である彼女を守らなければならない。  いや、守りたい。  彼の脳裏に浮かんだのは今の『小野雄翼』の仮の姿ではなく、本当の『岩井つばさ』の姿だった。
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