(01)恋の手習い…

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 幕が降りた。  感動と衝撃と自分の感情の起伏に少々疲れたつばさは深呼吸した後、 早く気持ちを切り替えようと立ち上がった。  しかしその途端、隣の相棒に腕を掴まれた。 「……どうした?」  彼はつばさを見上げて言った。 「……大丈夫ですか?」  そして強い眼差しで訴えてきた。  つばさはそれを読み取った。  彼はおそらく自分と和義の現状を知っている。  彼も音声ガイドで歌詞の内容を聞いて理解している。だからこそメンタルへの影響を心配しているのだ。 「……大丈夫。……ありがとう」  彼は険しい表情を緩め、掴んでいたつばさの腕を離した。 「行こっか」 「はい」  会食場所へタクシーで移動中、つばさは考えていた。  なぜ与晴は自分と和義のことを知り得たのか。  池辺から漏れた?  いや、あちらも仕事。顧客情報を漏らすはずはない……  やはり察したんだろう。  恋愛経験値の差か?  次の彼女で片手に収まらない回数になる程、女と付き合って来たからか?  自分は片手で収まる数の男と軽く付き合った事しか無いからか? 「……本当に大丈夫ですか?」  突然隣の相棒に声をかけられ我に返った。 「……だいぶ寄ってますよ」  彼は彼の眉間を指さした。 「……あ、やだ、皺になるじゃん」  そう笑って誤魔化しながろ、車の外を眺めた。  ぼんやりしているつばさの頭に、さっき見た道成寺の最後のシーンの光景が甦った。  そして思った。  白地に鱗模様の着物は着ない。  着るのは真っ白なドレスだ。  鐘の上には乗らない。  タキシード姿の彼の隣に、ウエディングドレス姿で立つのだ。  やっぱり、元の姿に戻りたい。  嫉妬で蛇になる前に。  憎悪で焼き殺すのではなく、一緒に生きていきたい。
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