(01)恋の手習い…

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 高級と言っていい中華料理店の個室。 先に席に着いていてくださいと秘書の梅村に言われ、これ幸いとつばさは相棒に耳打ちした。 「……中華のこの回るヤツ、マナーわかる?」  フレンチと和食のマナーは母と祖母に叩き込まれていたが中華は怪しい。 「……時計回りに回す、各自で取り皿に取る、ラーメンはすすったらダメ、完食ではなく最後は少し残す…… ですかね」 「……すご。ありがと」 「……一夜漬けです」  おそらく梅村と連絡を事前に取り合い自主的に下調べしたのだろう。 頼もしい限り。 「……ターンテーブルって、日本かアメリカの発祥らしいですよ」 「……えっ。そうなの!?」 「……だから厳格にルール守らなくてもいいんじゃないですかね?」 「……だと嬉しいわ」  二人でヒソヒソやってると、蓮見社長とともに歌舞伎俳優の山村永之助が現れた。  慌てて立ち上がり、彼と名刺交換。  つばさは驚いた。  目の前にいるのは、スーツ姿のキリッとした日本人的な男性。背は今の自分と同じくらい。  声は完全に男の低い声。  さっきの綺麗な女形とは全く違う。  なぜあんな美女になる?  どうしてあんな綺麗な女の声が出せる?  全くわからない。  元タカラジェンヌで今は女優をしている彼の妻も同伴だった。  華やかでスタイルが抜群な可愛い系統の美人。二人並ぶと絵のようだ。  菊池が彼女を長年推し続けている理由がなんとなくわかった気がした。  つばさ、与晴、山村永之助、蒼月えりな、蓮見社長。 五人での会食が始まった。  今日観た演目の感想に始まり、映像で見たタカラヅカの舞台の話や、近日発表になる永之助主演新作歌舞伎の話、お互いの仕事の話……  話題が尽きることは無かった。  いつしか話題は本題であるドラマ協力の話になったが、 「大変申し訳ないのですが……」  永之助がそう切り出した。 「妻の刑事ドラマのゲスト出演が急に決まりまして、 少しで構いません、アドバイスをいただけると大変有難いのですが……」 「今タームですか?」 「どちらのドラマです?」  つばさと与晴の声が重なった。 永之助は妻にバトンタッチした。 「マスコミには明後日早朝の情報解禁ですが、現在放送中木曜10時の……」  二人が見ているドラマだった。二人で食い気味で質問する。 「何話ですか?」 「どの役ですか?」  つばさは刑事ドラマの観点から、与晴は原作観点からの疑問点だった。 「8話で、浮気夫を殺そうとする妻です。来週から撮影の予定でして……」  原作読了の与晴は、その役について読者目線と警察官目線での役の解釈を述べた。  つばさはそれを聞いた上で、過去の刑事ドラマの知識からどんな役を参考にしたらよいかというアドバイスと、今まで取調してきた女性の加害者を思い起こして、どんな動機や心境なのかを話した。  熱心にメモを取りながら聞く妻を微笑ましく見ている永之助に蓮見社長は言った。 「……すごいでしょ、お二人とも」 「……うん、すごい。アドバイス貰えるのが凄く心強い」  蓮見社長は言葉を改めた。 「では、ドラマ撮影のアドバイスと監修に当たり、秘密保持契約書を作成してよろしいですか?」  永之助は倣った。 「もちろろんです。よろしくお願いします」  永之助主演の刑事ドラマは、今月中にキャスティングが全て決まり、その後にマスコミ解禁という流れ。  来月には最初の脚本が上がってくる予定との事なので、それからの手伝い開始、という約束になった。  刑事ドラマの脚本が読める!  つばさは内心大興奮だったが、警察官という立場とあくまで仕事ということで努めて冷静に対応しきった。 「では、LOTUSさんに秘密保持契約書を作成いただき、 それへの上長押印にて正式に契約締結ということで、 よろしくお願いいたします」
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