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沙代と茂山は互いを認識すると、何も言わずに凍り付いた。
与晴が咄嗟の判断でそんな二人の間に割り込んだ。
「袖崎さんお久しぶりです。今日はお仕事ですか?」
「ええ、まあ……」
「ちょうど良かった。仕事のことでお願いがありまして。廊下でお話よろしいですか?」
「はい……」
茂山をかなり気にしながらも、沙代はつばさの部屋を出た。
ファインプレーを見せた部下に心の中で感謝と拍手を送っていた呑気なつばさは、突然茂山に胸ぐらを掴まれた。
「お前、沙代と何してた!?」
初めてだった。
彼にここまで怒鳴られたことも、睨まれることも、胸倉を掴まれたことも。
「話してただけだよ、色々と……」
「正直に言え! 入寮から四時間以上経ってる! 手、出したんじゃないのか!?」
つばさは彼の腕を振り払った。
「わたしは男じゃない!
沙代相手にそんな気持ち湧かない!
何もしてない!」
「本当か?」
「本当だって!
和義さんとのこと相談に乗って貰ってただけ!」
自分を見る彼の目が刑事の目では無いことはわかっていた。
これが嫉妬に駆られた男の目なのだろうか?
「……そんなにわたしが信じられない?」
茂山はなにか言おうとしたが言わなかった。
そして深呼吸したあと頭を下げた。
「ごめん…… つばさ…… 悪かった。
頭に血が昇った」
「……いいよ。沙代、見てくる。ちょっと座ってて」
彼を部屋に残し外に出た。
廊下で沙代と与晴はスマホを手になにやら話していた。
だいぶ離れたところで、寮生が三人こちらをこっそり隠れながら見ている。
彼らにアピールするように沙代は言った。
「では、小野警部補、佐藤警部補、この件は引き続きよろしくお願いします」
「かしこまりました。佐藤、玄関まで送って差し上げて」
「はい」
「では……」
あくまでも仕事だと三人で示し合わせた。
つばさはこっそり陰で見ていた後輩たちに声をかけた。
「ごめんな、うるさくして」
「いいえ!」
「とんでもないです!」
「そんなことないです!」
会話が続かない。下手になにか話すとまずい。
自然に振る舞わないとまずい。
咄嗟に口から突いて出たのは、以前全員に配った米のことだった。
「米、無くなったら遠慮なく言いなよ。売るほどあるから」
「ありがとうございます。いただいてもいいですか?」
「俺もいいですか?」
「わかった後で持ってくわ」
この時ばかりは、母のおかしな量の救援物資に感謝した。
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