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#2 Life and death
檀一郎を返したあと、
夏月とピンちゃんと家に戻る。
荒らされた部屋の荷物を夏月が手に取りながら。
「俺片付け苦手だから春輝やってよ」
とそうやっていって笑ってた。
…気味が悪い。
「なぁ、夏月…なんで帰ってきたの?…その傷なに?」
「お前こそ、その傷なんだよ…」
……うわ、嫌な感じだ。
喧嘩にだけは…なりたくない。
「つかさ、苗字変えたいの?………全然いいんじゃない?」
「は?」
…一度親父に話に行った時、鷹左右をやめようかとも話が出た…やめるつもりだった。
でも、変えるのは…夏月との繋がりを経つことになるから…俺はやっぱり背負ってこうと思って…
それを…そんな簡単に…お前は言っちゃうのかよ。
「もうなんもするなよ、俺がそばに居てやるから」
「…なんだよそれ?」
…携帯が光る。
ゆかりからのメッセージが画面に映されて冷や汗が止まらない“お父様が自殺した”というメッセージ…
鷹左右組が動いたのか。
なんでだよ、なんで、なんで、、、なんで…
俺が…俺が全部…やるつもりだった…
ふざけてる。
「春輝?」
優しい声で俺の前にいる夏月は、
人が変わったようだった…
組に染まっちゃったのか?
もう、あの時の…
俺のこと引っ張り出してくれた…
“お兄ちゃん”じゃないのか?
「なんだよ、京極病院潰したのはお前か?…ピンちゃんの飼い主が俺になったってなんだよ…ふざけんな、全部説明しろよ!!!!」
声を荒げると夏月はタバコを吸いはじめた。
俺と目を合わせてくれない。
「春輝、なんも考えなくていい…お前は自由なんだからさ…」
思わず拳が出てしまった、夏月を殴り飛ばすと、
タバコが地面に転がり、俺は踏み潰す。
あぁ、まじで、なんなんだよ。
イライラする。
…全部、鷹左右組に…持ってかれた。
結局また、俺は何もできずに、
終わった。
…無力で子供で、子ども扱いで。
何も成し遂げられずに、
…誰の1番にもなれないまま。
親父にも夏月にも勝てないまま…
…すっげぇ、身体中が痛いし…
目がおかしい、
ふらふらする。
気持ち悪い。
…もう、終わりだ。
「……俺が戻ってくるのが望みじゃねぇの?」
「帰れよ、もう2度と会いたくねぇ」
「わかった」
俺に紙を差し出して夏月は玄関に向かう。
ピンちゃんの…役所への親権書か…
本気で飼い主にさせられちまった…
…きっと…本当の飼い主は金で動かされたんだな。
…もう1枚は?…
解約するはずだったこの家の契約書…
…買っちゃってるし…
家賃払ってたのにさ…2人で半分ずつ出して…
ギリギリで生きてるのもさ、
スリルがあって…嫌じゃなかった…のに…
「いつでも電話しろよ、戻ってきてやるから」
ただそう言って去っていった。
ぐちゃぐちゃになった家と、
何も知らない顔をしたピンちゃん…
ゆっくりピンちゃんに手を伸ばして撫でてると、
目から溢れてくる涙が止まんなくて。
あぁ、悔しい。
苦しい。
もうどうでもいい。
暫くしたらピタリと泣き止んでた。
餌と水を置いて、
俺は部屋の鍵を閉める。
なんだろ、この気持ち。
死にたい。
死んで楽になりたい。
消えたい。
誰も居ないとこで。
息絶えたい。
…もう、嫌だ…
京極病院で手に入れたSDと、
そのあと施設で興味ある写真をいくつか手に入れた時、ある教会に眠るものについて知ってしまった。
いつか、とりにいこうとおもっていた。
…その前に、寄り道してたら、
街でまさか、レイカに逢うなんて思わなかった。
まじでホテルで傷つけてやろうかとも思ったけど、なんかその時は…
どうでもよくなってた。
これ以上関わるのは、やめようと…
空白になった気持ちが、
真っ白な心が…
レイカを泣かせるだけで、
それ以上もそれ以下も望むのをやめた。
もういい、
求めることをやめた。
忘れてくれよ。
俺のことなんかさ。
千雪にその後会っちゃってさ……
もう好きとか、訳わかんなくなった。
…
Twitterを開くと、みんな楽しそうだ。
俺が死んだって、
別に…
世界は変わらないって。
ゆかり、良かったな…
学校戻れてさ。
わかんないけど財産とかも…
凄いんじゃない?
…ウケる、急にハッピーエンドってやつじゃんな…
…幸せじゃん。
欲しかったもの、全部手に入れられた?
………
ギィと古い音を立てて教会の扉が開いた。
綺麗なステンドグラスが七色に光る。
一つ一つ高価な万華鏡で映し出すと数字が見えた。
昔から知ってたよ…
夏月と小さい時この教会で遊んでて、
親父からもらった万華鏡を覗きながら遊んだ。
夏月は何が面白いのかわからないと言っていたが、
絵を描く俺にとっては、
7つのステンドグラスに映された不思議な文字や色に気持ちが高揚していた。
なんなのか、その時は知らなかった。
教会の二階に聳え立つ大きなパイプオルガンの横にダイヤル式の扉があって、
数字を7つ入力するとカチッと音がした…
後は、間違えずに“アヴェ・マリア”を演奏すればいい…
…よく練習してたよな…
俺楽器とかあんまりやらないけど、
夏月が無理矢理に譜面を渡してきてさ、
弾いてよって言ってきて…
出来るわけないと思ってたけど、
何度も失敗を繰り返しながら
いろんな曲を覚えていって…
その中でもアヴェマリアは最初に覚えた曲だった。
…譜面がそこにあったから、
ただそれだけが理由だ。
教会の人に怒られてさ、
それでもめげずによく遊びにきてたな。
笑っちまうけど。
…休館日に現れて悪戯するわけじゃなく、
2人でただ、見て回るだけ。
教会って悪戯する気になれない。
…演奏を始めようと椅子に座って息をついた。
…懐かしいなぁ…
中学時代、家が嫌になって抜け出したら、
どっか借りて2人で住もうってなってさ。
あれが1番の反抗期だったよな。
親父と大喧嘩して。
住みはじめた家で
俺が1人で寝るのは嫌だってだだをこねて、
夏月の部屋に入ってったら狭いシングルベッドに嫌々2人で並んで寝てくれたり。
拾ってきた犬の名前どうしよっかなぁとか悩んでたらたまたま麻雀してたしピンでいいか…
なんて安易に決めたり。
俺のわがまま、結構聞いてくれてたんだよな。
…嫌いになれない…
鷹左右組に行っちゃって、
人が変わっちゃったけどさ、
嫌いになんかなれねぇし、
だから、あの思い出のままでさ…
綺麗なまま残してさ…
俺はもう…
演奏の終盤、
鍵盤の最後の音を普段より長く押して演奏を終えた。
……
扉が開くようになり、
中に進むと地下に大量の瓶があるのを見つけた…
全部毒だ。
…即死できるやつじゃなくてもいい…
苦しみながらでいい。
…痛みが欲しい。
瓶に触れながら物色してると、
カツンっと音を立てながら階段を誰かが降りてくる。
足音でわかるんだよ。
「夏月…」
目があって俺が殴った頬がまだ腫れてるのを見て
ざまぁみろなんて思ったけど…
「春輝?帰るぞ」
そう言って顔色を変えずに手を伸ばしてきた。
……、その瞬間みんなのことが浮かんできちゃうし、なんなんだよ……
知らなきゃ、よかった…
約束なんか、しなきゃよかった…
まだ、みんなとやってないこと…
すげぇあんじゃん。
今死んだら中途半端なの…わかってんだよ。
帰りたい。
会いたい。
苦しい。
「…死にたい」
俺が口にすると
「死なせない、絶対」
と強く言われた。
溢れそうになる涙を堪えるのが精一杯だ。
その手を取ったら思うツボだし…
「…学校戻れよ」
夏月から予想外の言葉が出てハッとした…
「すげぇよ、お前さ…俺には無理だよ…そんなたくさんのやつと関われるのは才能だし、
本当は頭もいいだろ?
勉強真面目にやってみたらどうだ?
目が片方見えないんだよな?…
大丈夫、片目でも絵は描けるし、みんなと遊べるだろ?喧嘩だって負けるわけない…春輝は強い。
俺が背中預けてたんだぞ?この俺がさ。」
思わず本棚を蹴った。
今更、優しく…すんなよ…
今、そんな風に言われたら。
本が散らばるのと同時に
俺の腕を無理矢理引っ張って夏月が倉庫から出ようとした…
「離せよ!!!!」
思わず突き飛ばして、適当に瓶をとる。
もうどうにでもなれ…
瓶の中身を飲んだ後の事は全く覚えてない。
一瞬だけ驚いて俺の名前を必死に呼ぶ夏月の声がして、
ただその声を聞きながら“やってやった”という達成感で気持ちよく闇に落ちた。
目が覚めたのは俺の家…
お腹の上にピンちゃんがのってて、
キラキラとした目で俺を見つめてた。
天井を見上げ自分の手を伸ばして見る。
手当てされてるし…
…死ねない…
携帯を見ると
2020年10月29日夜の12時近くだった…
メッセージがいくつか入ってたが、
夏月から
「絶対死なせない」
と、一言だけ入ってるのが目についた。
どれだけ足掻いても、
何をしようと、
全部、
全部が無意味なんだと思い知らされた。
…絵が描きたい…
いつのまにか片付いてた部屋、
画材が綺麗に整ってる。
俺が使ってたやつ、ちゃんとあんじゃん。
……
俺にはもう、何もない。
俺は一回死んだ。
感情を失ったような気がする。
なんかもう、
どうでもいい。
でも、絵を描きたい。
この衝動を、
ぶつけるのは…
そこしかない…
もうそれしかない、
大丈夫、
左目があるし、
まだ描ける。
……
学校か…
志騎高 な …
久しぶりに行ってみようかなぁ…
なんか、変わるかな…
行くだけ行ってみるかな…
………
黒いペンキを
思いっきり板の上にぶちまけた、
黒く、黒く、真っ黒に染めて…
陽が昇るまで俺は絵を描き続けた……
…
END
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