23人が本棚に入れています
本棚に追加
中間テストの二日目。
普通なら、もう帰って明日のテスト勉強をしないといけないんだろうけど、おれも、デブのペーも、メガネのミヤオも、どうせ勉強なんかしたってしょうがない頭だから、いま屋上でダラダラして、現実を先延ばしにしている。
おれはいま、壁にもたれかかって座りながら、さいきんハマっているシリーズものの小説を読んでるんだけど、ペーとミヤオは、目をつぶって壁に向かって歩いてく、なんかよくわからんゲームをしてる。
これは二学期になってミヤオの提案ではじめたゲームで、はじめた理由は、ミヤオがちょっと前にどっかから拾ってきたメジャーを使って、なんかやろうぜってことになったからだった。
なんかミヤオが言うには、「男の中の男になる試練」なんだとか。
「まだやってんのかよ?」
小説を置いてとなりに行って聞いたら、
「男になるまでな」
って言って、ミヤオがにニヤって笑った。
「結局さ、これどこがゴールなの?」
「まあ、壁のギリギリまでいったら、だろ」
「じゃあ、おれもう一回やるわ」
言って、ペーが壁のギリギリのところまで行って、大股の後ろ歩きで十歩だけさがった。
「準備はいいか、少年?」
ミヤオが言うと、ペーが大きく息を吐き出して、
「ああ、いいぜ」
って、カッコつけて目を閉じた。
「十歩の試練! はじめ!」
ミヤオのマンガのセリフみたいな掛け声で、ペーが大股で歩き出した。
一歩、二歩、三歩、四歩……
だけど五歩目から失速して、壁のけっこう手前のところでペーは止まった。
ミヤオとおれはペーのところまで行って、ミヤオが、取り出したメジャーで壁と鼻先の距離を測った。
「120cm!」
「ぜんぜんダメじゃねえか!」
言って笑うと、ペーが膝から崩れ落ちて、
「また男になれなかった!」
って、おおげさに悔しがった。
「いまんところ、おれの20cmが最高記録だな」
ミヤオがえらそうに威張って言う。
「いや、おれのがすごいだろ」
反論して、まだちょっと痛む鼻を掻いたら、
「おまえはぶつかったからアウトだわ」
って、ミヤオに言われた。
「でもこれ、やればやるほど怖くなってくるよな」
ペーが立ち上がって言った。
「だから『男の中の男になる試練』なんだよ」
言って、鼻を鳴らすミヤオ。
「その意味が、分からないんだよなあ」
「男ってのはよ、目の前に立ちはだかる壁を恐れないもんなんだよ」
「ほんとの壁のことじゃないだろ」
いちおうツッコミを入れてから、
「よし、やるぞ!」
って、壁まで行って、大股で十歩さがった。
「準備はいいか、少年?」
「ああ、いいぜ」
気合を入れて、深呼吸をする。今度こそ、男の中の男になってやるぜ。
「十歩の試練! はじめ!」
ミヤオの掛け声で、おれは歩き出した。
一歩、二歩、三歩、四歩……
……やっぱり、このへんからすこし怖くなってくるな。
五歩、六歩、七歩……
……ああ、やべえ、すげえ怖い。
だけどおれは男になるのだ!
八歩、九歩、じゅっ——
——いきなり鼻に激痛が走って、おれはそのままひっくり返った。
ゲラゲラ笑いながらミヤオとペーが走ってくる。
おれは目を開いて、涙で滲む、雲が一コもない青空を見ながら、
「空が青すぎるぜ」
って、言った。
そしたらミヤオが、
「青春してんじゃねえ、バカ」
って言って、ペーと一緒に笑った。
「おいお前ら、まだ帰ってないのか!」
急に屋上のドアから現れた小宮先生が、おれたちのところへ歩いてきながら言った。
「なんだ、五十嵐。鼻が赤いが、殴られたのか?」
眉間にしわを寄せて言ったコミセンが、ペーとミヤオを見る。
「えー、ちょっと待ってくださいよ。ガラシは、壁にぶつかっただけですよ、なあ?」
「うん。ガラシは壁にぶつかっただけです、先生」
ペーとミヤオが慌てて言うと、コミセンはおれの手をつかんで立たせて、
「なんだかよく分からんが、早く帰ってテスト勉強しろ」
って、言った。
で、しょうがないから、おれたちは学校を出た。
最初のコメントを投稿しよう!