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ベッドのスプリングが弾む。琴莉の腕が隼人の首から離れると、隼人はそのままシーツに縫いとめる。
「あ……」
「琴莉」
心地いい声に瞳を閉じると、吐息だけで笑う隼人の気配を感じた。隼人の唇が琴莉の頬に触れ、髪を梳きながら今度は唇に触れる。髪に神経など通っていないはずなのに、こうして触れられるだけでゾクゾクと背筋が粟立つ。
「んっ……あ……」
「明日、休みにしてよかった」
そっと目を開けると、隼人の視線が間近にあった。その瞳は欲情に駆られ、まるで大型獣にでも襲い掛かられているような気分になる。少しも動けない。怖い、だがそれ以上に喜びの感情が溢れてくる。このまま捕食されることを望んでいるような──。
「これを機に、いろいろと見直す必要がありそうだ」
「何を……?」
「僕たちは忙しすぎだ」
今更? と首を傾げたくなった。忙しすぎるのはデフォルトで、今やそれが普通になってしまっている。
毎日イベントの企画や打ち合わせ、会場の確認やら現地スタッフとの連携、出張の手配、報告書の作成、などなど。イベント本番もさることながら、事前事後にもやるべきことは山積している。その仕事に追われ、充実感も伴いながらへとへとになって帰宅し、つかの間の休息。その繰り返しだった。
「琴莉にこうやって触れたくても、無理をさせるんじゃないかと思って我慢してた」
「え……」
「琴莉は家のこともやってくれているし」
「隼人だって、ちゃんと手伝ってくれてます」
琴莉の方が帰りが早いので、料理などの家事は琴莉が担当することが多い。だが時間が空けば、隼人だって家事をこなしているのだ。琴莉ばかりが大変なわけではない。
「それでも……この負担は琴莉の方が大きいでしょ?」
「……!」
隼人の笑みに、何を言わんとするかがわかってしまった。
琴莉は隼人から視線を逸らそうとするが、その前にまたキスされ、阻まれてしまう。
「偶にしか触れられないから、その時の負担が大きくなるのかな」
「あの……」
「だったら、もっと頻繁だといいのかな」
「は、隼人……?」
クスッと漏らす隼人の笑みに、心臓が大きな音を立てる。隼人は悪戯っ子のような顔をしているのに、琴莉の鼓動はさっきからうるさいくらいに高鳴っていた。
恋人ならまだしも、もう結婚しているというのに。それでもまだ、こんなにドキドキする。
「ん、やっぱり無理だ。頻繁でも結果は一緒。琴莉相手に手加減なんて無理だし、そうしようと思っても、いつの間にか夢中になってる」
「は……はやっ……とっ!」
隼人の指が敏感な部分を刺激する。どこにどう触れれば琴莉が感じるのか、隼人はすっかり熟知している。
必死に声を抑えようとしている琴莉の表情に、隼人は自分の中の獣性が頭をもたげるのを感じた。この腕に抱いている何よりも大切な存在を、優しく、これ以上なく可愛がって──無茶苦茶に抱き潰してしまいたい。
琴莉に出会う前、それなりに女性経験はあった。だが、これほど気持ちがかき乱されることなどなかった。仕事にはあれほど夢中になれるのに、人に対してそうだったことはない。
出会った頃から、琴莉だけは他の女性と違っていた。大抵の女性は隼人に対して何らかの興味を示す。だが、琴莉はそうではなかった。興味どころか、関わりたくないとまで思っていたようだ。
知れば知るほど琴莉は隼人の琴線に触れた。想像もできないような反応、言葉に翻弄され、瞬く間になくてはならない存在になっていた。誰にも取られたくないし、渡さないと思った。
ようやく結婚し、自分のものにしたというのに、この気持ちは衰えるどころか増すばかりだ。いまだ新しい彼女を日々発見し、愛しいと思う。
「……んっ……ふぁ……んぁっ」
堪えられず零れる声に、益々煽られる。
隼人は何度も口づけ、口腔内を丹念に愛撫し、その吐息までも奪い尽くす。その間にも指先は身体のあちこちを這い、身を捩ろうにもそれを許さない。何度もビクンと跳ねる琴莉を強く抱きしめ、甘く囁いた。
「琴莉……可愛い」
囁く度に琴莉の身体が熱くなり、熱に浮かされたような表情にまた煽られる。
「やっぱり、手加減なんてできないな」
隼人はベッドサイドに置かれた時計にチラリと目を遣った。まだ日付は変わっていない。だが──。
「今夜は寝かせてあげられそうにないよ」
小さく呟き、隼人は幸せそうにクイと口角を上げた。
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